この穴はだれにもわたしません

「この穴はだれにもわたしません、って言われたことある?」
「いや、ないよ」
「ないよね、うん。ないよ。いや、あるよ」
「どういうことなんだろうな」
「うん、どういうことなんだろ。でもだれかにはわたすつもりなのかな。穴の時機がきたら。機会のほうの時機ね」
「いや、だって、だれにも、っていってるんだから、だれにもわたさないんでしょ。そういうなんか助詞つかってるんだから。穴にかんして」
「あ、そうか。いいかたね、いいかた。じゃあなんの意味がある穴なの」
「それはわからないけど。不明の穴だね」
「うーん、そうかあ」
「こんなに穴についてそもそも話したことがないな。昔話くらいじゃない、穴の話たくさんするのって。ふだんなんか昼ご飯たべながら穴の話しないもんなあ」
「あ、そうね、昔話ね、あのおむすびが穴に転がっていくやつでしょ、それで、穴の底に雀の宿があって、それで、帰りにつづらが用意されていて」
「なんだかいろんな穴の話がミックスされててよくわからないね。もうおとなになっちゃうと穴の細かさや繊細さみたいなのがなくなって、大味の穴になっちゃうんだね」
「この穴の話だけしてたのに、あの穴の話になったから。あっちこっちの穴の話に」
「ああ、そうか。穴の嵐だな。つぎからつぎへとやってくるんだな、穴が。ひとつ穴の話したばっかりに。穴は穴を呼ぶんだな。ともかくじゃあそのひと昔話みたいなひとだったってことだよね。それでわたさないっていわれたんだね、穴は」
「うん、だから、カフカの『掟の門』みたいなかんじで、この門はとおれないけど、でもおまえのためのものでもあったんだよってかんじなのかな」
「いや、ちがうとおもうよ」

この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)1982年、新潟県生まれ 川柳作家
安福 望(やすふく・のぞみ)1981年、兵庫県生まれ イラストレーター