もう一度読み返したい! 名作童話の世界。
小社刊、宮川健郎編・名作童話シリーズ『新美南吉30選』に収録した、
<新美南吉童話紀行>を5回に分けて転載いたします。
編者は愛知県半田市に赴き、新美南吉の生誕地や作品の舞台を訪ねました。
作家ゆかりの地を知ることで、より深く作品を味わうことができるでしょう。

新美南吉記念館(愛知県半田市)。

文学碑たち
 秋のはじめに、半田へ行った。愛知県半田市、新美南吉と南吉童話のふるさとである。
 一行は、写真家の坂口綱男さん、春陽堂編集部のNさん、私の3人。名古屋から知多半島を名鉄河和(こうわ)線で南下する。知多半田駅に着いたときは、もう午後になっていた。駅に近いホテルに荷物をあずけて、まず、タクシーでむかったのは、新美南吉記念館である。南吉の童話「ごん狐」の舞台の中山(なかやま)に建てられ、1994年6月に開館した。自筆原稿をはじめ、さまざまな展示によって南吉の生涯と文学をたどることができる。ちょうど、特別展「教師南吉と67人の生徒達」の開催中だった(2008年7月19日~10月13日)。記念館のある、この一帯は「童話の森」と呼ばれて、「デンデンムシノ カナシミ」や「手袋を買いに」「権狐」(「ごん狐」の原形と考えられる作品)の碑も建っている。出迎えてくださった記念館の学芸員の遠山光嗣さんに、今回の取材・撮影について相談する。
 記念館を出たあとは、半田高校、そして、雁宿(かりやど)公園で南吉の文学碑を見る。半田高校は、もとは南吉が卒業した旧制半田中学校で、校内には、南吉の日記を直筆の文字で刻んだ石碑や、本を読む少年を狐がのぞきこむモニュメントがある。雁宿公園は、知多半田駅近くまでもどった高台にあって、南吉の「貝殻」の詩碑がある。──「かなしいときは/貝殻鳴らそ。/二つ合わせて息吹きをこめて。/静かに鳴らそ、/貝がらを。」半田は、あちこちに南吉の文学碑が建てられ、南吉の面影が感じられる町なのだ。この日は、早めにホテルに帰る。

雁宿公園「貝殻」の詩碑。

ぐるりひとまわり
 翌日は、朝から動きはじめた。半田は、きょうも快晴だ。知多半田駅から名鉄の上りの各駅停車にのって二つめが半田口駅。駅の西へ出て、きのうの新美南吉記念館へと至る道を歩きはじめる。すぐに岩滑(やなべ)中町の信号にぶつかるけれど、その交差点を右へ折れて少し歩き、さらに左へ入っていくと、古い街道沿いに新美南吉の生家がある。
 南吉は、1913年に生まれた。家の右手が父渡辺多蔵の畳屋、左が継母志んの営んでいた下駄屋だった。この生家は半田市が購入し、公開されていて、中へも自由に入れるのだが、家は斜面に建てられているから、店の部分は実は二階で、奥の一階には居間や台所がある。生家の左には、「新美南吉生い立ちの地」という碑も建てられている。

南吉生家(愛知県半田市)。

 生家の向かい側には、作品「花を埋める」に登場する常夜燈がある。そこから右手に入っていけば、八幡社だ。八幡社の左奥の道を行くと、道なりに、「はなれの家」(南吉はここで亡くなった)の跡、常福院、光蓮寺とつづく。八幡社のあたりは、童話「狐」や「久助君の話」に出てくる場所でもある。「久助君の話」の「北のお寺」は、常福院を連想させる。光蓮寺は、「ごんごろ鐘」や「百姓の足、坊さんの足」の寺のモデルとされる浄土真宗大谷派の寺院だ。南吉の生家から、この光蓮寺までの道のりは、せいぜい6、700メートルだろう。ぐるりひとまわりした、この小さな場所に南吉童話の世界がある。

現在は彼岸花の名所として有名な矢勝川。

 光蓮寺を出て、今度は北へまっすぐ行くと、やがて矢勝川(やかちがわ)にぶつかる。「ごん狐」で兵十がウナギをとっていた川は、この川のイメージだ。秋の彼岸には、この川の堤に200万本の彼岸花が咲くという。「ごん狐」で、墓地に「赤い布(きれ)のようにさきつづいて」いたという彼岸花だ。川沿いにずうっと歩き、また南吉記念館に行く道に出て、岩滑小学校へ行く。もとは、南吉が卒業し、代用教員をしていたこともある半田第二尋常小学校である。この校内にも文学碑がある。校門横の「落葉」の詩碑と、校庭の奥の南吉自筆の碑文「権狐 南吉」の碑だ。
著書紹介
『名作童話を読む 未明・賢治・南吉』春陽堂書店
名作童話をより深く理解するための一書。児童文学作家、未明・賢治・南吉文学の研究者による鼎談。童話のふるさと写真紀行、作家・作品をさらによく知るためのブックガイドを収録しています。
『名作童話小川未明30選』春陽堂書店
一冊で一人の作家の全体像が把握できるシリーズ。「赤いろうそくと人魚」で知られる、哀感溢れる未明の世界。年譜・解説・ゆかりの地への紀行文を掲載、未明の業績を辿ることができる一冊です。
『名作童話宮沢賢治20選』春陽堂書店
初期作品から後期作品まで、名作20選と年譜、ゆかりの地を訪ねた紀行などの資料を収録、賢治の業績を辿ることができる一冊です。
『名作童話新美南吉30選』春陽堂書店
初期作品から晩年の作品まで、名作30作を収録、南吉の身辺と社会の動向を対照した年譜8頁、ゆかりの地を辿る童話紀行を収録しています。南吉の業績を辿ることができる一冊です。
この記事を書いた人
宮川 健郎(みやかわ・たけお)
1955年、東京都生まれ。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。現在武蔵野大学文学部教授。一般財団法人 大阪国際児童文学振興財団 理事長。『宮沢賢治、めまいの練習帳』(久山社)、『現代児童文学の語るもの』(NHKブックス)、『本をとおして子どもとつきあう』(日本標準)、『子どもの本のはるなつあきふゆ』(岩崎書店)ほか著者編著多数。『名作童話 小川未明30選』『名作童話 宮沢賢治20選』『名作童話 新美南吉30選』『名作童話を読む 未明・賢治・南吉』(春陽堂書店)編者。