作家・脚本家 柏田道夫

知ってるようで知らない時代劇あれこれ。知ってると、時代小説、映画やドラマの時代劇が、もっと楽しめる時代劇講座「時代劇でござる」。第二席は「月日の数え方」でござるよ。
第二席 お正月が春なわけ
 江戸の人は時計だけじゃなくて、今みたいな曜日や日にちの入ったカレンダーなんかも持っていなかった。
 そりゃあそうで、曜日っていうのは、明治時代に西洋式の太陽暦を取り入れてからの数え方。太陽暦は一年三六五日(四年に一度二月二十九日があって調節)ですが、江戸時代の暦はいわゆる旧暦。正確には、月の満ち欠けを基準にした太陰暦に、太陽暦の要素も合わせた「太陰太陽暦」なんですね。
 毎月の一日は新月で月は見えず、細い三日月から大きくなって、八日が上弦の月で半月、十五日に満月になって、また欠けていって晦日(みそか)になってまた新月、という約三十日(実際は二十九、五日)で一巡。これが旧暦の一カ月ですが、ずれが発生するので、三十日の「大の月」と、二十九日の「小の月」に分けて、暦といえばこの大か小かだけが書かれたものでした。
 これで用が足りたのですが、月を基準にすると、一年十二カ月が三五四日になって、太陽暦よりも十一日ほど短くなります。そこで約三十三月に一度、閏月(うるうづき)を設けて、一年に十三カ月、三八五日の長い年があったりしました。
 これに補足して、太陽の動きを元にした「二十四節気」があって、図のような、今での天気予報とかで告げられる十五日刻みの立春とか啓蟄(けいちつ)とか大寒とかで、季節の変化を知ったんですね。

 で、旧暦の場合は、今の暦からおおよそ一カ月半くらいずれる。旧暦の二月とかだと、現代のまさに春、三月から四月の季節感だということになります。
 ただ、井伊大老(いいたいろう)が暗殺された桜田門外の変は、安政七(一八六〇)年三月三日で、雛祭りの日ながら大雪が降りました。これは新暦に換算すると、彼岸を過ぎた三月二八日だそうで、かなり異常気象だったわけです。

 こうしたおおざっぱな月と日にちと、もうひとつ、江戸の人が季節を認識したのが季節ごとのイベント、行事です。
 正月は「初日の出」を拝むために江戸ならば、深川の州崎(現在の木場、東陽あたり)や、湯島、芝浦、愛宕山、御殿山などに出かけて行きました。二日の夜に吉兆の「初夢」を見るために、宝船の絵を求めて枕に敷いて寝ました。悪い夢を見てしまったら、翌朝に宝船の絵を川に流したそうです。
 今ではなくなってしまった風習としては、一月とお盆の一六日前後に商家の奉公人が休みをもらって親元に戻る「藪入り」。江戸時代(というより昭和初期まで)の奉公人は、一年でもこの二回しか休みがもらえなかった。
 春の楽しみは何といっても「花見」。開花の便りが届くと、桜の名所にお弁当やお酒を持って、ドッと繰り出していきました。
 三月三日は今も変わらぬ女の子の節句の「雛祭り」ですが、江戸らしさというと、美しい雛人形を売る雛市が江戸の街のあちこちに立ちました。特に日本橋十軒店(今の日本橋室町)や人形町の雛市は、艶やかで賑やかで、これもまた春らしい江戸の風物詩。
 夏の訪れを告げたのが「初鰹」。江戸の人は季節ごとの初物を珍重したのですが、特に陰暦四月上旬頃にとれる鰹をありがたがった。江ノ島沖あたりが主な産地で、わざわざ品川沖まで船を出して求めたとか。
「目に青葉、山ほととぎす、初鰹」が過ぎると、五月雨降る梅雨です。今の五月は爽やかな初夏ですが、旧暦では雨の季節で、だからたまの五月晴が心地よかったんですね。
 五月五日は端午の節句。男の子の成長を祝って、幟(のぼり)を立て、兜人形を飾り、邪気を払うという菖蒲湯に入ったりしました。
 本格的な夏を告げたのは、五月二十八日の両国川開き。次々と上がる花火に「玉や、鍵や」と声を合わせ、大いに賑わいました。
 今ではなくなってしまった行事では、六月一日の富士参り。江戸の町はたいていのところから富士山が見え、江戸っ子は富士山を崇めました。
 六月は夏祭の季節。江戸では天王祭、山王祭、といった大きな祭で盛り上がりました。
 七月七日は各家で行われる七夕。江戸の空は五彩の短冊で飾られた竹で被われました。七夕同様に情緒のある祭が四万六千日。浅草観音などにこの日お参りすると、四万六千日分の参拝にあたるとされ賑わいました。今もあるほおずき市はこの名残です。
 この後は盂蘭盆会(うらぼんえ)。どの家でも霊棚を設け、十三日の夜には御先祖様の霊のために迎え火を、十六日には送り火を焚きました。
 八月は旧暦では秋。十五日は中秋の名月で、家族揃って団子をこしらえて盆のような月を愛でました。
 今はすたれた行事としては、八月の放生会。捕らえられた魚や鳥を功徳のために放してやる。川筋で放生のための鯉や亀を売る商売人も現れたりしました。

「後生鰻(ごしょううなぎ)」
古典落語の演目の一つ。お参りの帰りのご隠居。鰻屋の前を通りかかると、店主が鰻をさばこうとしている。目の前で生き物が殺されるのは後生が悪いと、鰻を買取り川へ放してやる。それに味をしめた店主は毎日ご隠居が通るたびに……。別題は「放生会(ほうじょうえ)」。

 九月は重陽(ちょうよう)の節句、芝神明の長く続くだらだら祭、最後を飾る神田明神祭でしめくくり、そろそろ冬を迎える準備。十一月一日、芝居町では、顔見世狂言で歌舞伎の幕が上がり、江戸っ子は「待ってました!」と、贔屓(ひいき)の役者を見るために繰り出していきました。
 そして今も残る酉(とり)の市や七五三を経て、年の終わりと新年を迎えるための忙しい師走。十三日は江戸城と合わせて商家でも煤払(すすはら)い。歳の市が立ち、餅搗(もちつ)きがあって、大晦日の除夜の鐘で一年を終えました。
この記事を書いた人
文/柏田道夫(かしわだ・みちお)
1953年、東京都生まれ。作家、脚本家。雑誌編集者を経て、95年『桃鬼城伝奇』(学習研究社)で第2回歴史群像大賞、同年『二万三千日の幽霊』で第34回オール讀物推理小説新人賞を受賞。映画『GOTH』(高橋玄監督・2008年)、『武士の家計簿』(森田芳光監督・2010年)、『武士の献立』(朝原雄二監督・2013年)などの脚本を手がけ、シナリオ・センター講師も務める。
絵/橋本金夢(はしもと・きんむ)