竹久夢二美術館 学芸員 石川桂子

 明治11(1878)年に創業した出版社・春陽堂に、かつて文具部があったことをご存じですか?
 今回は春陽堂文具部で取り扱っていた商品に注目します。竹久夢二は封筒などの図案を文具部のために手掛けており、その周辺の仕事についても紹介していきます。

春陽堂文具部の誕生
 広告「新たに開設した 春陽堂文具部」【図①】が、『中央文学』大正8(1919)年8月号【図②】に掲載されました。が、調べてみるとそれより約10ヶ月前に、文具部が発信する商品案内が初めて登場します(『中央文学』大正7(1918)年10月号 掲載)。そこには「高尚優美なる文房具」と銘打ち、津田青楓*1(つだ・せいふう)と夢二が図案を手掛けた書簡箋などが紹介されました【図③】。

①広告「春陽堂文具部」大正8(1919)年
②『中央文学』八月号 大正8(1919)※表紙絵は竹久夢二

③津田青楓・竹久夢二図案広告 大正7(1918)年

 ところで文房具とは、「読書したり、書き物をしたりするときに使う道具」(『大辞林 第三版』)を指し、大正期によく使用されたものとして「筆、墨、ペン、ペン軸、インキ」や「紙類」(『大正営業便覧下巻』収録の「文房具商」より 1914)が挙げられますが、春陽堂の文具部は、紙製品に特化した商品展開をした点に特徴が見られます。
 最初の広告【図③】に掲載された商品名「書簡箋」「用箋」「封筒」「葉書」をはじめとして、手紙を書く際に使用する紙類を売り出しました。そして商品に模様を入れる場合は、多くを木版で製作したことに、春陽堂のこだわりがありました。木版はこれまでも、春陽堂が刊行した書籍の装幀や雑誌口絵における大きな魅力で、高品質かつ美麗な仕上がりで定評がありました。
 文具部では続いて、春陽堂で活躍する画家や図案家を起用し、「趣味模様封筒書簡箋会」【図④】を企画しました。「安価な低級な殆んど見るに堪へないもの」ではない、「高尚優美な封筒書簡箋」を6回に渡って頒布を実施するに当たり、第1回から順に橋口五葉(はしぐち・ごよう)、竹久夢二、小村雪岱(こむら・せったい)、津田青楓、杉浦非水(すぎうら・ひすい)、名取春仙(なとり・しゅんせん)という名高い面々を揃えました。また頒布に際しては会員を募り、一回の会費は「金一円」でした。当時の1円の価値を知るため『値段史年表 明治・大正・昭和』で大正8(1919)年の銀行員初任給(大卒)を調べてみると40円で、初任給を仮に20万円として計算すると、当時の1円は今5000円程になるようです。「高尚優美な封筒書簡箋」を銘打つだけあって、商品はかなり高級志向だったことがうかがえます。

④広告「趣味模様封筒書簡箋会」大正8(1919)年

 その後文具部は作家ものにとどまらず、「春陽堂特製」の、紙質にこだわった「水玉鳥の子*2封筒」「模様唐紙*3封筒」なども取り扱い、多彩かつ高品質な紙製品が販売されました。
(註)
*1 津田青楓(1880~1978年) 画家。京都府生まれ。本名、津田亀治郎。初め日本画、のち洋画を学ぶ。二科会の創立に参画。左翼運動に参加したのち、同会脱会とともに日本画に復帰して南画風の作品を描いた。絵画のほか、書、詩、歌などの活動も幅広く、装幀も手がけた。春陽堂から出版された書籍では、夏目漱石・著『縮刷 草合』、田山花袋・著『ある僧の奇蹟』、鈴木三重吉『三重吉全作集 赤い鳥』などを装幀した。
*2 鳥の子(紙) 雁皮(がんぴ)を主原料とした上質の和紙。鶏卵の色に似た淡黄色で、強く耐久性があり、墨の映りもよい。
*3 唐紙 中国で作り、日本に輸入された紙。質はもろいが、墨の吸収がよいので古来書画用などとして愛用された。
夢二と封筒デザイン
 大正6(1917)年12月、夢二が春陽堂に送った手紙【図⑤】には、封筒デザインを示唆する内容が認められます。長方形の図形が手書きでしたためられ、その左側に「一、稲荷山 二、嵐峡 三、夜桜 四、加茂川 五、大文字」と、京都をイメージする単語が並びますが、これは最初の広告に掲載された「『西京春秋』封筒」のために書かれたものであると推測されます。

⑤竹久夢二 春陽堂宛書簡 大正6(1917)年12月5日消印
※左側は夢二自身が図案を手掛けた絵封筒

 大正期は封筒に図案が施されたものが流行し、これらは「絵封筒」と称されました。現代では聞きなれない「絵封筒」ですが、郵便物として使用する他に、コレクションをし、時には専用アルバムに貼り込み、鑑賞して愉しむことも多かったようです【図⑥】。

⑥絵封筒をコレクションする女性 昭和2(1927)年
※大正末から昭和初期にかけては、ここに写っている小林かいち図案(版元:京都・さくら井屋)の絵封筒が女学生を中心に流行。画面左には絵封筒用のアルバムも。

 夢二が手掛けた絵封筒の図案は、草花、小動物、京名所を題材にしたものが多く、シンプルな線描と、淡い色遣いによる表現が魅力です。そして夢二は春陽堂が版元となった絵封筒【図⑦】を手掛けましたが、春陽堂版は現存するものが少なく、大変貴重です。

⑦竹久夢二 絵封筒(版元:春陽堂)絵封筒の裏面左下に「春陽堂製」と刷られている

 版元は他に、東京では〈港屋〉〈榛原(はいばら)〉、京都の〈つくし屋〉・〈佐々木〉、大阪の〈柳屋〉【図⑧】等があり、ここを中心に夢二の絵封筒が製作・販売されました。絵封筒に携わった他の画家を振り返ると、複数の版元から多数の絵封筒を展開したのは夢二だけで、この分野でもひときわ人気が高かったことがうかがえます。

⑧竹久夢二 絵封筒(版元:大坂・柳屋)

 夢二は画家として日本画など肉筆作品を制作し、またイラストレーターとして『中央文学』をはじめとする雑誌表紙絵も数多く飾りましたが、「浴衣や帯や半襟や木版画やその他小美術品のデザインや加工にさえ、なかなか興味をもっていた」(自伝『出帆』より 1927年)こともあり、小さな絵封筒においても多彩なデザインを残し、暮らしに彩りを添えました。
夢二と春陽堂 第5回へ続く
この記事を書いた人
石川 桂子(いしかわ・けいこ)
1967年、東京都生まれ。竹久夢二美術館学芸員。編書に『大正ロマン手帖──ノスタルジック&モダンの世界』『竹久夢二♡かわいい手帖──大正ロマンの乙女ワールド』(共に河出書房新社)、『竹久夢二《デザイン》──モダンガールの宝箱』(講談社)、岩波文庫『竹久夢二詩画集』(岩波書店)など。