進行工事中の穴に追加される黒

そば屋さんにいたら店のひとに結婚報告をしているきらきらしたふたりがいて、猪八戒のようなわたしはカツ丼をたべたままなんだかぽかんとしていた。わたしはいったいここでなにをしているんだろう、とおもった(カツ丼をちいさくくちに運びつづけてる)。

なんの、どこで、だれが、なにに、どうして、ちがいがおきたんだろう。ふたりは笑顔で結婚報告をし、わたしはTシャツを着たまま、かつどんをたべていた。

これからわたしたち横浜にいくんです、と言った。え、いまから、とそば屋のおじさんがいうと、ううん、ちがいます、ずーっとこれから横浜にいるんです、横浜に住むんです、と言った。

俺は目黒にずっといて、目黒からでられないままかもしれない、とおもったが、そのあいだもかつどんをちいさくわけて、くちに運びつづけていた。そういう機能だけはもった生命体のようなかんじで。

へー、いいねー、とそば屋のおじさんが言った。じゃあわたしたちは残る者だ。ここに残る者だね。

わたしものこるものだ。アメリカとか中国にもまだ行ったことがない。オーロラをみたこともないし、マーライオンのちゃんとした大きさもしらない。目黒からでられない。

帰り際、そば屋のおじさんがわたしに話しかけた。ねえあんたちょっと。はい。ねえあのさ、あんたのそのTシャツ、いいTシャツだね。

この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)1982年、新潟県生まれ 川柳作家
安福 望(やすふく・のぞみ)1981年、兵庫県生まれ イラストレーター