魔法を解くためのへたくそなピアノ
図書館は閉館まぎわになると「もう帰りなさい、あなたにはあなたの家があるでしょう、現実にかえる時間です」と言わんばかりに音楽が鳴り出すが、ある図書館では閉館まぎわ、ものすごくへたくそなピアノがぽろぽろと鳴り出す。
はじめて聴いたとき本を投げ出して後ろにひっくりかえりそうになった。こんなんでいいのか、と。でもひとのことはいえない。おまえそんなんでいいのか、といわれたら、わたしはうつむくしかないし。よくないよ。
いちどもピアノをひいたことのない司書のひとがそれでもわたししかやるひとがいないんだったらと立ち上がりがんばってひいてみましたという感じのピアノだが、上手なピアノ曲よりは現実にかえることができるのでいいとおもう。
図書館はある意味魔法にかかる場所だ。あるひとはオオカミの徘徊する深い森に、あるひとは巨大魚のゆきかう海底に、あるひとは両性具有の英雄と一千年前にたゆたっている。それら魔法にかかったひとびとをへたくそなピアノ曲ですべて現実に帰す。帰りなさい、と。お帰り、といってくれるひとのもとに。
わたしにはお帰りなさいといってくれるひとがいないけれど、いたはずだったんだけれど、いつか・かつての・どこかの時間で抱きしめられていたはずだったんだけれど、ともかくわたしもへたくそなピアノを全身に浴びながらわたしの家に帰る。
どうしてこんなことになっちゃったのか。