ゆうがたつかれきってねてるときの木

「明日、家に鬼がくるんだよ。毎年やっている儀式かなにかでね。木をもった鬼がきてつつかれるんだよ。せなかやおなかを。ながい木の棒でね、かかとあたりも小突かれる。だから家中、鬼を迎える準備でいそがしい」というので、「へー、今市子さんの『百鬼夜行抄』みたいなんだね」とわたしは言う。風習のなかにむかうんだ、あなたは。

次の日、鬼がきたのかどうかきくと、鬼がきているあいだ、ねむってしまっていたという。かすかに太鼓の音や畳をふみしめる音を聞いた、って。そういう話し方をする。衣のすれる音や紙がこすりあう音。うん。そうなんだ、ねむっちゃってたんだ。風習のなかでね。あとね、木。

どこかで木を感じていたという。家のどこかで鬼が舞っているときに、じぶんひとりだけねむっちゃいながら、家族にぜんぶまかせながら、どういうわけか木を感じていたそうだ。動じない、ふとい、おとをたてない、きれいな、ねむりつづける木を。

この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)1982年、新潟県生まれ 川柳作家
安福 望(やすふく・のぞみ)1981年、兵庫県生まれ イラストレーター