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明治初期から多様な印刷物の普及を実現し、文化や社会の発展に貢献してきた活版印刷。しかし1980年前後に写真植字やオフセット印刷が登場すると、活版印刷所や活字鋳造所は急速に姿を消していきました。ところが近年、若いデザイナーの間で活版印刷が注目を集めています。
活版印刷の魅力はどこにあるのでしょうか。また技術の継承が難しくなっている中、活版印刷が復活する可能性はあるのでしょうか。
前回に続き、新宿で現在も活字の鋳造を続けている佐々木活字店の4代目、佐々木勝之さんに、活版印刷の未来と活字鋳造への思いを伺いました。


3.若いデザイナーも注目。活版印刷の魅力とは?
  ~活版印刷をきちんと知ってほしい。そのために見学会を企画
── 最近、活版印刷のイベントも各地で開かれて、若い人たちからの関心が高いようですが、どのように捉えていますか?
 実際、若いデザイナーさんからの注文は増えています。うちは大きなものは印刷ができないので、名刺が一番多いですね。デザイナーさん自身の名刺や、自分でデザインしたものを、この仕様で作ってくださいという依頼があります。
 今の活版印刷に魅力を感じている人は2種類にわかれます。
 一つは、紙に直接圧をかけて、凹凸ができるのがいいという人と、もう一つは書体にこだわり、昔ながらの活字を大事にする人。活字の書体は、コンピュータでも表現できません。
 両者は正反対の考え方ですが、うちにはどちらの技術も持った職人さんがいらっしゃいますし、どちらにも対応します。ただ印刷面がへこんでいる印刷物が活版印刷だというのは間違っており、活版印刷というのはこういうものだ、腕が立つ職人さんがいるからできるのだ、という説明をします。
 亜鉛版や樹脂版を作って印刷をして、活版印刷だと言っている人たちも多いので、凸凹しているだけでいい、活字を使わなくてもいいというのは、ちょっと寂しいですね。

機械と対話するように手作業で微調整を行いながら、一本一本鋳造する。

── 自分で活版印刷をやってみたいという人は出てきませんか?
 活版印刷でいろいろなことをしている人たちはいます。ただ活版印刷だけでご飯を食べている人は一握りぐらいです。デザイナーさんの場合、本業の傍らとして手掛けていることが多いようです。本気で活版だけでやっていこうとしている人はわずかです。
 またデザイナーさんでうちに活字を買いに来る人はいません。活字は消耗品なので、ある一定の時期になったら買い替える必要があります。頁物(ページもの)といって、たとえば活版で本を作ると、一回使ったら終わりです。ですからたいていは活字を組んだ活版ではなく、樹脂板や亜鉛版などを使った凸版でやっているのではないでしょうか。
 中には、誰にも教わらずに活版印刷をやっている人もいますが、実物を見ると、これが活版印刷なのだろうか、と思うものもたくさんあります。

── 我流の活版印刷と、職人さんの活版印刷と、どこが違うのでしょうか?
 作業工程が、職人さんたちと全然違います。昔からやっている職人さんたちは、どの業界も一緒だと思いますが、何の説明書もありません。親方や師匠もちゃんと教えてくれるわけでもなく、見て覚えて、なおかつ自分でアレンジしてやりやすいように、上手くできるように、と工夫しているのが職人さんです。ですからやり方に正解はありません。ただいくら何でもそれは技術的に違うのでは、と思うことはあります。
 うちにはとても社交的で、何の分け隔てなく教える番頭さんがおり、その人を慕って若いデザイナーさんたちがやってきます。80歳を超えていますが、活版印刷のことは何でも聞けば答えてくれるうちの頭脳みたいな人です。私も、そうやって聞きに来てくれたほうがきちんと説明できるので歓迎です。
── 今の若いデザイナーの人たちに、活版印刷の技術をもっと知ってほしいと?
 この仕事を始めた時、すでにデザイナーさんたちから注目されている状況でしたが、活版印刷とは何か、というのが、世の中にきちんと伝わっていないと感じました。印刷物だけを見て、これが活版印刷か、で終わってしまう。現状は、活版印刷を全く知らない人はもちろん、ちょっと知識がある人や勉強している人でも、現場を見る機会は少ないと思います。どういう流れで、どのように職人さんたちが作業をしているのか、実際に見てもらったほうが、活版印刷を理解してもらえるのではないかと、数年前からうちで見学会を始めました。今は中断していますが、単純な鋳造見学会だったものを、今後は少し違う形でやろうかと考えている最中です。
 また、新宿区の地域文化財として、近代産業部門に選んでいただきました。それがきっかけで、新宿区とのつながりができて見学会に来る人がいたり、区立図書館から見学のイベントをやりたいといったお話をいただくこともあります。
 現状は、技術的なものが間違って伝わっているところがあります。私は活字を作る職人の目線でしか話ができませんが、子どものころから活版印刷の中で生きてきて、父や職人さんたちから聞いたことを自分なりに伝えたいのです。

活字はしっかり組んで印刷にかけるため、幅や高さも揃っていなければいけない。

── 佐々木さんにとって、活版印刷の魅力とは何でしょうか?
 やはり書体です。おもしろいことに、活字の書体は小さい文字でもくっきりと読めます。私が活字で一番好きなのは、平仮名です。明朝体でも、パソコンとは異なる明朝体です。ラインの太さや細さなのかうまく説明できませんが、活字で刷る名刺は、6ポイントや8ポイントといった小さい文字でもはっきり読めるのです。
 活版印刷は凸凹して風合いがいいと言われますが、風合いとは出すものではなく、出るものです。人工的に出したら風合いではありません。印圧をかけているからへこむのは当たり前。今は柔らかい紙を使ってわざとへこませることもありますが、どれだけ職人の腕がよくても、どれだけへこませないようにしても、柔らかい紙を使えば若干へこみます。わざわざへこませて、それを活版印刷の「味」だと言うのは少し違う気がします。
 たとえば書籍は、薄い上質紙などに印刷をしますが、両面印刷をするので、どれだけへこませないか、どれだけ出っ張らないかが大事です。印圧のかけ具合やインクの載せ具合の調整が重要で、そこが職人の腕の一番の見せ所です。

── 印刷物によって考えて変えていくのが、長年培ってきた技術というものなのですね。
 活版印刷は経験がものを言います。
 とくに文選作業は経験した年月が技術そのものです。明日明後日でできるようになるわけではありません。職人さんたちは鍛錬しようと思っているわけではなく、生きていくために仕事をします。生きていくために精一杯です。生きていくために培ってきた技術というのは、最高の技術だと思います。どれだけ効率の悪い工程の中で効率よくやってお金を稼ぐか、と考え工夫することが職人さんの技術を磨きます。印刷する時もきれいで早いとまた仕事が来る、と考えて働くのが職人さん。アーティストではありません。アートとしてやるのはデザイナーさん。それを形にするのが職人さんたちです。職人がいてアートが作れる。
 職人さんは丁稚(でっち)として小学校の頃からやっているような人たちばかりです。ところが私も含めて今の人たちは、そういう苦労はしていません。

4.消滅の危機にある活字と、デザイナーへの期待
  ~活版印刷は使われることで、生き延びる可能性がある

── デザイナーさんとのお仕事は楽しいですか?
 若い人たちの中にも、職人さんたちの歴史や技を含めて、活版は素晴らしいと言ってくれる人がいます。そういうデザイナーさんたちが増えてくれることは本当に有り難いです。とにかくいろいろなことを企画してデザイナーさんに提案して、注文を受けて、それに応えられるような技術を私たちは身に付けていかなければなりません。活版印刷というのは、今はたぶん、デザイナーさんたちが使ってくれることで残っているのだと思います。
 デザイナーさんが間に立って、クライアントに活版を使ったデザインをどうかと提案して、私たちが実現していきます。デザイナーさんにはとても細かい人がたくさんいます。校正を出したら、「もうちょっと文字間を空けてください」とか、「0.1ミリずらしてください」とか。そこでこちらも、活版印刷でそこまでこだわるのはどうか、コンマ何ミリのずれはあるものだ、などお互いに言い合いながら、良いものを作ろうとしています。

大判の組版。文字の大きさや字間、行間などデザイナーの細かい指定にも対応して組み上げる。

── ものづくりの楽しさですね。そういうデザイナーさんやお客様は多いのですか?
 まだまだ少ないですね。私たちがもっと頑張らないとお客さんはついてくれません。活版を理解して仲立ちをしてくれるデザイナーさんは、これからも増えていってほしいです。そのために見学会などで、活版印刷の理解を広めていかなくてはいけないと思います。というのは私が会社に入ったころは、活字の制限が少なかったのですが、今は急に制限が増えてきてしまい、それはできません、と断るケースが多いのです。書体や大きさによって、ある文字と、ない文字がある。私は今、それをとても懸念しています。これを最優先で何とかしていかなくてはいけないと。そうしないと自分自身が委縮して、外に出て活版印刷をやってやるぞ、と言えない環境にあります。
── ない活字を新たに作ることはできないのでしょうか?
 うちもすべての文字の活字を網羅しているわけではありません。日本語は略字、正字などを合わせると1万文字もあり、それを全部網羅するのはまず不可能です。
 活字を鋳造しているところは、今は横浜の築地活字さんとうちぐらい。活字は名古屋にあった名古屋活版地金精錬所がほぼ網羅していました。ものすごい数の、活字のもとになる母型を持っていたのです。そこが3年ぐらい前にやめてしまい、うちもそこから買い取ったりしていましたが、それができなくなってしまったのです。うちも築地活字さんもそんなに母型は持っていません。母型は台湾で作れますが、膨大な費用がかかります。母型がなくなると活版印刷がなくなってしまうので、有志を集めて何とかしていかなくてはいけないと思っています。
 それまでは今ある活字の中でやって行くしかありません。常用漢字さえあれば、日本語の文章は何とかできます。しかし、たとえば名刺ではいろんな文字が名前に使われており、さまざまな書体が使われているので、そこをカバーするのが難しいところです。

活字の鋳型となる母型。一文字ごと鋳造機にセットして活字を鋳込む。現状では母型が失われると、もうその文字は鋳造できない。

── 活字を作るうえで一番大変なのは何ですか?
 鋳造機械のメンテナンスです。私が会社に入った当初は、古い機械のことを教えてくれる人がいましたが、その人が急に亡くなってしまい、自分で何とかするしかありませんでした。
 機械は順調に回っていればまったく問題ありません。機械の不具合は、原因がわかっていれば5分で直ります。わからないと原因究明に1日かかってしまいます。それが一番大変です。うちでは八光という会社の機械を使っています。長野に本社がまだありますが、活字鋳造機の部門はもうありません。これを作った人たちもご健在なら80代後半です。
 鋳造機は全部で12台ありますが、稼働しているのは7台。私がやり始めて2台が動かなくなっています。私に機械を直す腕がなくてダメにしてしまったのはショックです。
 ただ、機械のメンテナンスは大変ですが、実は面白く、楽しいです。

── 印刷技術は社長であるお父様が教えてくださるのですか?
 社長は手取り足取り教えてくれないので、自分で考えて、ポイントを聞きながら覚えています。今のうちに聞けることは聞いておかないと。
 印刷は、ほかでは若い人たちが結構やっています。活版の印刷所で働いていたり、印刷機を買って印刷所をやっていたり。もともとうちのお得意さんで活字を買ってくれている人もいます。親戚や実家が印刷所だったとか、印刷所に縁がある人たちですね。
 ただ、これからは頁物ができなくなります。文選ができる職人さんがいないからです。文選だけは経験です。私でもできないことはありませんが、ものすごい時間がかかります。
 活版印刷を続けていくには、技術の継承者だけでなく、機械が不可欠です。ほかの伝統文化は職人さんの腕次第ですが、活版印刷は、9割9分を機械に頼っています。機械や材料をまず何とかしようと言いだして、もう何年にもなりますね。

一文字の母型から鋳込まれて出てきた活字。この活字鋳造機が製造されたのはおよそ60年前だ。故障したら自ら修理しなければならない。

── 活版を続けてきて、これは頑張ったな、という仕事にはどんなものがありますか?
 焼き物の土鍋とか食器の「取り扱い説明書」の仕事です。かなり大きなサイズのものでしたが、活字の鋳造から組版までうちでやりました。かなり頑張りましたね。活版やっているなあと実感できました。そういう仕事が増えてくれると、運営的にも助かります。
 最初にデザイナーさんが飛び込みでいらっしゃったのですが、結構こだわりがある社長さんで、社長自ら活版でやりたいと言い出したらしいです。とくに活字使いたいと言われると、こういうのはできますか、ああいうのはできますか、という注文が来ても、断りたくありません。
 もちろん凸版も引き受けています。活版と凸版の説明をして、こういう場合は凸版の方がいいですよ、という話もします。これがいいですよ、とごり押しするのは職人ではないと思います。お客さんがどうしたいか、とか、お客さんの予算もありますから。コストを下げるために凸版のほうがいいとか、活字にはない書体が今はあるのでそれを使いたいなら凸版で製版したら、といった説明もします。活字とパソコンの字体の違いにこだわるなら活字にすればよいですし。

── 今後、佐々木活字店をどうしていこうと考えておられますか?
 活版印刷で「ほかでは断られたけれど、うちは断らない」という会社にしたいです。今は断っていることも多いですが。「これありますか?」と聞かれて、「ないんです、ごめんなさい」とは言わない。「活版でやるんだったら佐々木のところに行け」、と言われるような会社にできればいいなあと思っています。


有限会社 佐々木活字店
住所:162-0806 東京都新宿区榎町 75番地
TEL:03-3260-2471
佐々木活字店WEBサイト http://sasaki-katsuji.com



この記事を書いた人
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