星の衝突でまきちらされた狸たち

ときどき北野勇作さんの『昔、火星のあった場所』を思い出している。わたしがはじめて知ったのはラジオドラマだったけれど、鬼になっちゃったひとを退治しに行ったり、機械の恋人がでてきたり、人工生命体の狸たちが架空の会社を経営していたり、不思議な時計屋との出会いがあったりのSFなのだが、SFっぽくなくて今でもよく思い出す。どんなくくりにもあてはまらない物語がとても魅力的だった。

なんでも知っている時計屋がいう。「ぼくにはじぶんじしんのことだけがよくわからないんだ」

すごく印象的なセリフだった。この物語のテーマは、〈じぶんのことはよくわからない〉じゃないかとおもう。わかってるつもりでもわからないこと、実はほかのひとによって支えられてること、じぶんでもきがつかないうちに変わっていってしまってることがたくさんある。でもそれが世界でしょう、と。

狸の部長が言う。「なあ、きみはどっちに行く? 俺はもう決めたぞー!」

狸の部長は抜け殻になってしまう。懸命に使命を尽くし干物になっていなくなる。たしかそういう話だったとおもう。まちがってるかもしれない。いろんな細部をわすれてるのに、なんどもなんども思い出す。こころにのこるって、じぶんでもわからない仕組みなんだとおもう。だから心に残る。それを教えてくれた。

この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)1982年、新潟県生まれ 川柳作家
安福 望(やすふく・のぞみ)1981年、兵庫県生まれ イラストレーター