竹久夢二美術館 学芸員 石川桂子

小説家・久米正雄と夢二装幀本
 竹久夢二が装幀を担当し、交友関係もあった久米正雄(くめ・まさお 明治24年-昭和27年/1891-1952)【図①】は、自身の失恋体験(相手は夏目漱石の長女・筆子)を多く題材にしながら、通俗小説の大家として名を馳せました。

① 久米正雄

 多趣味な人物としても知られ、柔軟な筆致で作品を創作したところから、親交があった芥川龍之介は久米を「新しき時代の浪漫主義者(ロマンチスト)」と評しました。また久米は“微苦笑(びくしょう)”という語の発明者であり、近年はブラウザゲーム「文豪とアルケミスト」に登場する文豪の一人として、再び注目されています。
 今回は春陽堂から出版された、久米正雄の夢二装幀本を3作品紹介します。
1.『蛍草』 初版: 大正7(1918)年11月15日 発行
 表紙【図②】に描かれた網代(あじろ)模様の着物を装う女性は、主人公・澄子。どこかを見つめながら、右手は袂を持って口元を抑え、左手は柱を掴み身体を支えるその姿は、もの悲しい雰囲気を漂わせています。

②『蛍草』(表紙)※写真は8版

 『蛍草』は、美しい女性・澄子と、彼女を取り巻く恋と研究の競争に対立する二人の医学士を題材にした恋愛小説で、『時事新報』で大正7(1918)年3月19日~9月20日にかけて186回連載された直後に、春陽堂から単行本が刊行されました。発刊時の広告には「布張り木版極彩色手摺表紙」及び「竹久夢二氏装画」であることも含めて宣伝され、本書は大変な評判となり、発売から約4ケ月で8版を重ねました。
 書籍タイトルの『蛍草』は、ツユクサの別名ですが、函【図③】にはドクダミが描かれています。身近な植物であるドクダミを夢二は好み、繰り返し図案のモチーフにしました。

③『蛍草』(函)

2.『空華』 初版:大正10(1921)年1月1日 発行
 この長篇小説は『婦人公論』大正8(1919)年10月号から翌9(1920)年12月号まで連載された後に、単行本化されました。表紙と裏表紙にかけて竜が描かれ、布張りで製本されています【図④】。

④『空華』(表紙・裏表紙)

 美貌で知的障害がある外島家の長女・定子(25歳)と、持参金目当ての弁護士で政治家でもある江上との結婚を軸に、様々な人間模様が繰り広げられます。
 「空華」は、「〔目を病む人が空中にありもしない花を見ることから〕迷える人が実体のないものを実体と見ることのたとえ」(『大辞林 第三版』より)という意で、扉【図⑤】には、百合のような花弁の中央に眼がある、不思議な植物が描かれていますが、「空華」をイメージするような花を、夢二は表現しようと試みたと思われます。

⑤『空華』(扉)

3.『晴夜』 初版:大正15(1926)年4月18日 発行
  小蒸汽は船首を返して、再び足掻き初めた。
  が、小枝子はまだ、舟の闇に呑まれ
  去った岸の方を眺めて、船の回転と共に徐々に向き直り乍ら、
  暫くは其場所を動きもしなかった。
                               『晴夜』十四より

 単行本の表紙には陰鬱な表情の女性・小枝子が、裏表紙には遠ざかる舟が描かれ、『晴夜』の一場面を装幀に見ることができます【図⑥】。『時事新報』で大正14(1925)年6月11日から12月12日にかけて175回連載されて書籍化された本書は、函【図⑦】のデザインが斬新です。タイトルの『晴夜』にちなみ、晴れ渡った夜空に瞬く星がちりばめられています。題字にも工夫が凝らされ、「晴」の字にみる9画目の、長く書かれた左はらいは、流れ星を想起させます。また文字の中に星をあしらったレタリングは、夢二の遊び心もうかがえます。加えて見返し【図⑧】も、星空を思わせるようなデザインが施されました。

⑥『晴夜』(表紙・裏表紙)

⑦『晴夜』(函)

⑧『晴夜』(見返し)

夢二と久米正雄の交友
 『蛍草』が出版された頃の夢二の日記(大正7(1918)年11月19日)には、久米を訪問する記述がみられます。また、二人は野球好きで、大正8(1919)年に文士野球団のチームを結成し、一緒に活動していました。
 ところで久米は自身の失恋を乗り越え、大正12(1923)年11月に奥野艶子と結婚【図⑨】します。その際夢二は久米夫妻に、枕屏風「歳寒二友」(さいかんにゆう)【図⑩】を制作して贈りました。「歳寒二友」とは、文人画で好まれる画題の一つで、通常は梅と寒菊とを取り合わせますが、夢二は梅と竹を描きました。屏風の裏側には直筆で、相合傘に「正雄」「つや」の名前を添え、夢二は二人を祝福しました。

⑨ 久米正雄と奥野艶子

⑩歳寒二友(二曲一双屏風・絹本墨画淡彩)

 昭和2(1927)年5月に久米と艶子の間に長男が誕生しますが、夢二が執筆した自伝小説『出帆』(昭和2年5月より『都新聞』で連載)には、それにちなんだエピソードが記されています。現在は、老舗のスーパーマーケット・明治屋の前で、久米は「産後の食物に何が好い」のかを考え、商品棚を見ていているところを夢二に目撃されますが、その姿が挿絵に描かれました【図⑪】。夢二はこの時に久米と会話をし、小説ではそのことに触れながらも、「さすが顔のうれた久米で、あっちからもこっちからも若い女があいさつにくる」と、羨んでいるような一文も書き添えました。

⑪『出帆』に登場する久米正雄

(お知らせ)
本稿で紹介した久米正雄の書籍を中心に、春陽堂から刊行された夢二の装幀本(計16点)と、久米夫妻に贈った枕屏風「歳寒二友」を、竹久夢二美術館で現在展示しています。ぜひ会場でご覧ください(2018年12月24日まで)。
この記事を書いた人
石川 桂子(いしかわ・けいこ)
1967年、東京都生まれ。竹久夢二美術館学芸員。編書に『大正ロマン手帖──ノスタルジック&モダンの世界』『竹久夢二♡かわいい手帖──大正ロマンの乙女ワールド』(共に河出書房新社)、『竹久夢二《デザイン》──モダンガールの宝箱』(講談社)、岩波文庫『竹久夢二詩画集』(岩波書店)など。