しっぽ、うれしいじゃないですか
『渡辺篤史の建もの探訪』が好きでずっとみているが、こないだたまたま結婚報告をしているふたりのひとたちをみて、渡辺篤史さんてわたしにとって幻想なんだよなとおもう。ファンタジーだ。
わたしには家もなく家族もいない。渡辺篤史さんがわたしのもとを探訪しても見るべきものもなく、ただうろうろするばかりだ。渡辺篤史さんの口癖に「うれしいじゃないですか」があるが、わたしは渡辺篤史さんがうれしがるものをひとつももちあわせていない。
コンクリート打ちっぱなしのおしゃれなキッチンや、木で囲われた玄関までのアプローチもない。わたしはみせるべきものをもたない。
家も家族もエピソードもない。むかし、ひとがとつぜんわたしの家にやってきて、わたしです! と名乗ったことがあった。わたしは高熱でたおれていたが、心臓がとまりそうになり、いそいで心臓にじぶんの手で刺激をあたえ、息ふきかえし、よろよろ起きあがると、柱のかげにかくれた。かくれたが、よろけて、たおれそうになる。わたしの人生はなんだろうとおもった。すぐちかくにあるふとん。とおくにあるふとん。時間のなかにあるとおくのふとん。ひとりのふとん。だれかとのふとん。たばこのにおいのするたにんのふとん。保健室のふとん。ふとんの氾濫する幻想のなかでドアをどんどんたたかれながらわたしの名前がさけばれていた。
うれしいじゃないですか。