今年もよろしくお願いします!
大蔵流〈茂山千五郎家〉の能楽師狂言方、茂山逸平ことぺぺです。
まずは、お正月にふさわしい「三番三さんばそう」と「鏡の松」をご紹介。

能楽囃子による「三番三」 出演/尾上菊之丞・茂山逸平
2018年10月26日(夜)セルリアンタワー能楽堂 逸青会
(揉ノ段)では、三番三が足拍子を踏みしめ力強く舞い跳躍し、
(鈴ノ段)では、鈴を振りつつ舞い納め。
【ぺぺの一言コラム】
昨年の逸青会で、尾上菊之丞さんとともに舞わせていただいた能楽囃子はやしの「三番三」です。
「三番三」は、能楽の天下泰平を祈る曲「おきな」の後半部分。新年にふさわしい曲です。
毎年元日に、茂山千五郎家でもお披露目をします。
今年は襲名したばかりの三世千之丞せんのじょう(茂山童司)が平安神宮で舞わせていただきました。
五穀豊穣を願う白い翁が祈りを称えながら天下泰平を祈り、次に黒い翁が種を撒きます。
演ずる前に、役者は洗い米と塩で体を清めてから舞台に出ていきます。

ⓒHalca Uesugi


「鏡の松」 出演/尾上菊之丞・茂山逸平
2018年10月28日(夜)セルリアンタワー能楽堂 逸青会
能舞台へのリスペクトを込めた作品。
能舞台の松は鏡の松。能舞台の鏡に写り込む松の本物はお客さんの後ろにあるらしい……。
【ぺぺの一言コラム】
昨年逸青会で「鏡の松」を実際演じてみて、思いのほか「ぐっとくる」作品になりました。
この作品には能舞台へのリスペクトが込められています。
能舞台の後ろには松の絵が描かれていますが、これは、舞台の正面の向かい合わせにある「影向ようごうの松」が舞台側に写ったものとされています。
「影向の松」は、神仏が現れるときの依代よりしろとなります。
昔、田楽や猿楽などの芸能者が、奈良春日若宮神社のお祭りで、
鳥居のそばの一本の松の前で芸を披露したと言われています。
この説を否定する意見もあるけれど、夢があった方がいいではないですか(笑)。
時代が変わっても、神様に捧げている心を忘れない。
能楽師が能楽師たらんとするためには、その方が安心します。
役者としての矜持きょうじとして必要なのが能舞台と松ということになるでしょうか。

ⓒHalca Uesugi


今年は、ペペの新しい狂言の季節「狂言季期きご」を再開します。

「狂言季期」
30歳から3年間、「狂言季期」という自分の狂言会をしました。
本来は仏教用語で、「道理に外れた戯言たわごと、表現を巧みに飾った言葉というような意味なんですが、それをもじって「狂言の季節」「役者の時期」という意味で、自分の会名にしました。
ここで、釣狐、花子をして、慶和よしかずの初舞台をしました。

今年は40歳になるので、東京で3年間「狂言季期」を再開します。
狸腹鼓たぬきのはらつづみ」という作品に取り組みます。
父の七五三しめの、思い入れのある作品です。
本来は、一子相伝で長男しかしてはいけない作品ですが、親父の七五三が教えたそうなので、稽古をつけてもらうことにしました。5月12日頃に東京で公演する予定です。
これが上半期最大の目標。
下半期は、逸青会で「鏡の松」を超える作品を創らなければいけないプレッシャー!

不惑の40歳となり、大人の男の魅力の増した(笑)ぺぺの新しい狂言の季節「狂言季期」を、楽しみにしていてください。

●茂山 逸平(しげやま・いっぺい) 大蔵流狂言師(クラブsoja 狂言茂山千五郎家)。
1979年、京都府生まれ。曾祖父故三世茂山千作、祖父四世茂山千作、父二世茂山七五三に師事。甥と姪が生まれたときに、パパ、ママのほか、逸平さんをペペと呼ばせたので、茂山家では以降ぺぺと呼ばれるようになった。
●茂山 慶和(しげやま・よしかず) 逸平の息子。2009年生まれ。4歳のときに「以呂波」で初舞台。小学校1年生から謡曲を習い、義経の生まれ変わりだというほどに、義経好き。稽古のあとの楽しみは、大黒ラーメン。
狂言公演スケジュール
http://kyotokyogen.com/schedule/
『茂山逸平 風姿和伝 ぺぺの狂言はじめの一歩 』(春陽堂書店)中村 純・著
狂言こそ、同時代のエンターティメント!
大蔵流<茂山千五郎家>に生を受け、京都の魑魅魍魎を笑いで調伏する狂言師・茂山逸平が、「日本で一番古い、笑いのお芝居」を現代で楽しむための、ルールを解説。
当代狂言師たちが語る「狂言のこれから」と、逸平・慶和親子の関係性から伝統芸能の継承に触れる。

この記事を書いた人
構成・文/中村 純(なかむら・じゅん)
詩人、ライター、編集者。今年は、『風姿和伝』をしっかり編集します!

写真/上杉 遥(うえすぎ・はるか)
能楽写真家。今様白拍子研究所で幻の芸能白拍子の魅力を伝えるべく日々修行中。