ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。
今回から3回にわたって京都のお店をご紹介します。


【連載12】
「いま」と「古典」の間をつなぐのは、本屋にしかできない仕事
恵文社 一乗寺店(京都・一乗寺)鎌田裕樹さん


純度の高い本を、より幅広い層のお客さんに届けたい
趣のある空間に並べられた選りすぐりの本、個性的な棚づくり──。1975年にオープンして以来、地元・京都のみならず、全国からも本が好きな人が訪れる「恵文社 一乗寺店」は、独立系書店のパイオニアともいえる存在です。鎌田裕樹さんが前任の堀部篤史さん(現・誠光社店主)から書店部門マネージャーを引き継いだのは、2015年のこと。責任者が代わるたびに店のカラーも変わってきたという「恵文社 一乗寺店」の“いま”そして“これから”について、うかがいます。
── 鎌田さんが恵文社に入社したのは、いつですか?

入社と同時に書店部門マネージャーになったので、2015年です。書店員の仕事は、年齢を重ねて身に着けた知識が大きなアドバンテージとなります。当時はまだ20代前半で、マネージャーになるにはインプットが足りないかなと思うことはありましたが、またとないチャンスなので挑戦してみることにしました。僕はいわゆる“ゆとり世代”。「“ゆとり”は本を読まない」など、何かと目のかたきにされていた頃で、いま思えば「僕らの世代だってやればできる」という気持ちが、どこかにあったのかもしれませんね。いまはもう、そんなことは考えていませんが(笑)。
── 鎌田さんがマネージャーになってから、お店はどう変わったのでしょう。
40数年という時間をかけて築かれた店ですから、急に新しいことをやるよりも、まずはきちんと継続していくことを第一に考えました。「これまでどおり純度の高い本を、より幅広い層のお客さんに届けたい」という思いから、間口を広げる工夫をスタッフと共有しながら、棚をつくっています。僕らの時代になって、以前より近所のお客さんが気楽に立ち寄れる店になったのではないでしょうか。昔、店の近くにあった「京一会館」(1988年に閉館した映画館)の思い出話や一乗寺という街の歴史を話をしてくれる年配の人たち、毎週お父さんに連れられてやってくる3歳の女の子も、いまでは大事な“常連さん”です。
── 雑貨やギャラリーのスペースは、創業当時からあったのですか?
いいえ、最初は書店だけで、正面から見て書店の右側にある「生活館」(衣食住の書籍と雑貨)ができたのは2006年、書店の左側にある「アンフェール」(雑貨&ギャラリー)は2013年からです。書店の奥には小さな中庭があり、イベントができる「コテージ」もあります。コテージは、窓が少なくて床が木でできているので、教会のようだとよく言われます。声が響くので、とくに朗読会には好評なんですよ。「書店」と「生活館」の入り口はわざと分けています。本と雑貨を並べると、どうしても雑貨に目がいってしまいます。本は本としてちゃんと見てもらいたい。そんなオーナーの思いから、入り口を別々にしたそうです。

「普遍性」のある人文書を中心とした棚づくり
── 書店という立場から見た京都は、どんな街なのでしょう。

京都大学をはじめ、同志社大学、京都工芸繊維大学などが近くにあるからでしょうか。鶴見俊介の本などがよく売れることからもわかるように、まっとうな文化に触れようとしている人がお客さんにも書店員にも多いように感じます。文芸やサブカルチャーだけでなく、本流となる人文書もきちんと置いておかないといけない。デカルトの『幾何学』や『方法序説』など、そんなに売れるわけではないけれど置いておくことが重要で、それが本屋の幅につながっているのだと思います。デカルトといえば、先達の思考や論理を著作のなかで紹介している、若い書き手の森田真生さんは京都在住なので、イベントにもよく来てもらいますが、いまの作家さんの著作と古典、その間をつなぐのは本屋にしかできない仕事です。これはかなり、やりがいがありますよ。
── こちらでは、人文書に力を入れているのですね。
そうですね。「普遍性」については常に考えていますし、人文書には自然と力が入ります。文学や芸術、生活の本、漫画など、まったく別のジャンルでも、本の底に流れている「普遍性」を見つけることが棚づくりにもつながっていきます。たとえば、発酵文化人類学を研究している小倉ヒラクさんは、レヴィ・ストロースの論考を発酵に落とし込んで一般化しているので、小倉さんの本の隣に、レヴィ・ストロースの『野生の思考』(みすず書房)を置いてみるとか、松江の99歳のお百姓さんから聞き取ってまとめた『忠吉語録』(野津恵子著、DOOR BOOKS)を若いお母さんに読んでもらいたくて「子育て」の棚に入れるとか……本当に楽しいです。

本屋が、誰もが必要とする「公共機関」になるために
── 今後、新たにやりたいことは何ですか?
これまでは、「多弁な本屋でなくていい」、「棚を見てもらえばわかる」という考えでやってきましたが、店に来てくれる常連の人たちにさえ、すべての棚をくまなく見てもらうことは難しい。まして、なかなか店に来られない人には届かないということを最近つくづく感じています。あくまで本を売るのが僕の仕事で、それはこれからも変わりませんが、より多くの人に本とこの店を知ってもらうために、恵文社 一乗寺店ならではの新たな発信方法を模索していきたいと思っています。
── 街の本屋の役割とは?

本屋は誰でも入れる「公共機関」のような存在です。お客さんはもちろん、作家さんや出版社など、本や店に関わる人、全員でつくっている結晶のようなもので、誰がどう関わるかで、その本屋の形が変わっていくのだと思います。芸術に触れなくても人間は生きていけますが、本と出合うことで人生はより豊かになることを、本に関心がない人にも伝えたい。子どもからお年寄りまで、誰もが「行ってみたい」「また、来たい」と思ってもらえるような居心地のいい空間、気持ちいい場所にしておくために、掃除が行き届いているかなど、細やかな配慮も必要だと思います。すべてがつながっていると思うと、どんなことでも手が抜けません。
「いま、純粋に本屋の仕事が楽しい」という鎌田さん。日々の仕事や、仕事を通じて知り合う人たちから刺激を受け、興味範囲が広がってきたことが、本屋の仕事をより面白く感じるようになった理由のようです。実家界隈と一乗寺の街は、昔ながらの人づきあいが残っているところが似ているのだとか。現在、スタッフは10数名で、お店の休みは元日だけ。店のシャッターを開けて、植木を出すことからはじまる毎日の作業でさえ、朝のスイッチと前向きにとらえる心。何でも面白がる力。鎌田さんは、“ゆとり”という言葉が持つ、本来の良い意味を思い出させてくれる人です。

恵文社 一乗寺店 鎌田さんのおすすめ本

『数学する身体』森田真生(新潮社 / 新潮文庫)
この本で第15回小林秀雄賞を受賞した著者の森田さんは、どこの機関にも属さず自身の研究をする「独立研究者」という立場を選んだ注目の書き手です。手や足、目や耳と何ら変わらない、身体の延長にある数学、知性を一心に考えた一冊。数学、科学、哲学など、どんな分野の本を読むときにも、この本が役に立つはず。文系の方にこそ、おすすめします。
『江戸川乱歩文庫 人間椅子』江戸川乱歩(春陽堂書店)
江戸川乱歩といえば、まずはこの短篇から。ページをめくるうちにだんだんと凍る背筋、そして予期せぬ結末──乱歩が描く独特の世界感がギュッと凝縮されています。これまで怪奇小説を読んでこなかった人も、巧みな構成とスリリングな展開に魅了されることでしょう。この作品を入り口として、その後、海外の怪奇小説へと手を伸ばしていくのも面白いかと思います。

恵文社 一乗寺店
住所:606-8184 京都市左京区一乗寺払殿町10
TEL:075-711-5919
営業時間:10:00 – 21:00
定休日:年中無休(元日を除く)
http://www.keibunsha-store.com


プロフィール
鎌田裕樹(かまた・ゆうき)
1991年千葉県生まれ。書店の仕事は学生時代のアルバイトから。大学卒業後は、他社の書店店長を経験したのち2015年恵文社に入社、一乗寺店の書店部門マネージャーとなる。映画や音楽、料理、そして魚を飼うことなど、日々の生活を楽しむことが情緒を育み、本屋の仕事にも役立つと信じている。


写真 / 千羽聡史
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。