火を灯しながら躓きながら今日

花粉の集中砲火のような風を受けつつ、桜新町の長谷川町子美術館に行くバスに乗った。むかし長谷川町子美術館の近くに家庭教師で通っていた。ときどきはやく行きすぎて長谷川町子美術館に入りうろうろしていた。思いがけないかたちでサザエさんの巣に入り込んでいた。

長谷川町子さんは群れなかったひとのようだ。孤独なひとでもあったと思う、と妹さんが書いていた。

長谷川町子美術館の前にバスがつくとわたしが家庭教師で通ったマンションはとりこわされていた。なんにもない、とわたしは思った。あのあたりの空中に浮かんでわたしは国語を教えていたんだよなあ、と思った。格助詞とか平家物語とか島崎藤村の詩を、桜新町の夜の空中に浮かんで教えた。帰りにケーキをもらってケーキを食べていた。それも浮かんで。

長谷川町子美術館に入ろうとしたら、また花粉の砲弾のような春風がやってきた。

この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)1982年、新潟県生まれ 川柳作家
安福 望(やすふく・のぞみ)1981年、兵庫県生まれ イラストレーター