ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載16】
変わりつつある街で、変わらずそこにあり続けること
一日(東京・吉祥寺)樽本 樹廣さん


「一日」は人の輪が広がり、深まっていく場所
人々のコミュニケーションの場となるような本屋を目指し、「OLD / NEW SELECT BOOKSHOP百年」が吉祥寺に産声をあげたのは2006年8月のこと。その後、吉祥寺の街が変わっていくなかで、店主の楢本樹廣さんは2017年8月、「百年」から徒歩1分のところに“よりローカルでより自由な本屋を”との思いから「一日(いちにち)」を始めました。街の本屋という立場から見えてくる吉祥寺の街や人、そしてこれからについて楢本さんにうかがいます。
── 「百年」と「一日」。店名には、どのような思いが込められているのでしょうか。
人はみなこの世に生まれて死んでいく。「生と死」のサイクルが繰り返されているわけですが、本も人から人の手へと渡ることで、生と死のサイクルを重ねているとも考えられます。1000年前の本が残っているのは、そのサイクルが絶え間なく続いてきたから。0から始まり100年経つと1世紀という単位になって、また次の世紀が始まる。人の一生で考えると大きなサイクルである「百年」を最初の店に、一日の積み重ねがいずれ百年になるということで、新たにつくったこちらの店は「一日」にしました。

── 「一日」は、“よりローカルでより自由に”というコンセプトですが、「百年」との違いは何でしょう。

「一日」にはギャラリースペースやガレージがあるので、イベントや展示をやりたい人たちに、空間を自由に使ってもらうことができます。これまでのイベントでは、アニメーターで作画監督のもりやすじさん原画展や、NHK朝ドラ(連続テレビ小説)「なつぞら」でアニメーションの時代考証をしている小田部羊一(こたべ・よういち)さんのトークショーなどが好評でした。本のラインアップについては、「百年」は新刊もありますが「一日」は古本だけ。どちらも幅広いジャンルの本を置いているので、大きな違いはありません。
── 「一日」をつくってよかったことは?
以前から顔見知りの常連さんでも、普段何をしている人なのか知らないことがほとんどですが、「一日」のギャラリーで展示したいと申し込まれて、初めて「あ、この人イラストレーターだったんだ」と気づくことがあります。「一日」ができたことで、新しいお客さんとの出会いはもちろん、常連さんともより深くつきあえるようになりました。トークイベントや展示、映像作品の上映会など、自由に使える空間があるおかげで、これまで以上にお客さんや地域とのつながりが強くなっているように感じます。
良いお客さんがいる限り、良い本がある
── ロンロンがアトレに、ユザワヤがキラリナに……と、吉祥寺はここ10年の間に大きく変化しましたね。
そうですね。駅周辺の大きな商業施設だけでなく、家賃が上がってしまったせいで以前と比べると小さな個人店が減り、サブカル色が薄まったように感じます。僕が学生の頃の吉祥寺は、お金がなくても時間を過ごせて楽しめる場所でしたが、最近はお金がないと過ごせない街になりつつあるようです。それでも、このあたりは休日や空いた時間にのんびり散歩を楽しむような人が多くて、そこは以前と変わりません。街の様子は変わっても、この街に住んでいる人たちは何も変わっていないんだなと思います。

── 本を買い取るときは、お客さんとのコミュニケーションを大事されているとか。

古本屋はお客さんにつくってもらうもの。本屋にとってのコミュニケーションとは、あれこれ話すだけじゃなくて、言葉を介さずとも伝わる店のスタンスや誠意を感じ取ってもらうことが大事だと考えています。買い取りは値段を決めることで本の価値を判断しますが、本を買い取れるのは、買ってくれるお客さんがいるからできることです。良いお客さんがいる限り、良い本がある。買う人、売る人、どちらが欠けても成り立たない商売ですから、うちに良いお客さんがついてくれているのは、ありがたいことです。
本屋は日常に溶け込んだ“街の明かり”
── 吉祥寺で店を構えてもうすぐ13年ですが、改めて、街の本屋の役割とは何だと思いますか?
かつて吉祥寺のヴィレッジヴァンガードやスターバックスが起点となり、個性的な店や若者を引き寄せて「東急裏」(東急百貨店の裏側エリア。大正通り、昭和通り、中道通り周辺)という注目エリアが形成されたように、お金がなくてもふらっと立ち寄れる場所を人は求めているのではないでしょうか。スーパーに行くような感覚で気軽に入れる本屋は、まさにお金がなくても楽しめる場所。日常生活に溶け込むように街になじんだ、どんな人でも立ち寄れる“街の明かり”のような存在が本屋なんだと思います。
── これからやりたいことは何でしょう。
小さな店が減っていく吉祥寺で、流れに逆行するように「一日」をオープンしました。地元の人もなかなか通らない線路沿いの裏道なので、認知されるまで思ったよりも時間がかかっていますが、この隠れ家的な要素をプラスに変えていきたいですね。それに同じ場所にあり続けることも本屋の重要な役割だと思うので、目標はとにかく店を続けていくこと。独立系書店のなかでは中堅といわれるようになりました。うちがこの先20年、30年と継続していくことが、あとから本屋を始めた人たちのひとつの指針になるとうれしいです。
学生時代から本やアートに親しみ、美術評論家・椹木野衣(さわらぎ・のい)の『日本・現代・美術』(新潮社)や作家・保坂和志の作品には、とくに影響を受けたという樽本さん。当初は自分の好みを反映させた選書をしていたけれど、徐々に“知識外にあるもの”を面白がるようになり、より幅広いジャンルの本を扱うようになったそうです。だからいまは、「セレクトしないセレクトショップ」。文学と美術、売る人と買う人、「一日」と吉祥寺──つながりを表す「と」を大切にする樽本さんは、これからもさまざまなモノ、コト、ヒト「と」つながっていきます。

一日 樽本さんのおすすめ本

『meet again』稲越功一著(写真評論社)
1973年に発行された写真家・稲越功一の2作目となる写真集。上着のポケットに突っ込んだ手や、手元の腕時計など、モノクロの写真は視線を表すかのように狭い画角で切り取られています。どれもピントが合っていないのですが、そこがいい。ピントが合っていないからこそ、その写真をどう読み取るか、見る力を試されているように感じます。

一日
住所:180-0004 東京都武蔵野市吉祥寺本町2-1-3石上ビル1F
TEL:0422-27-5990
営業時間:月~日 12:00 – 20:30
定休日:毎週火曜
http://www.100hyakunen.com


プロフィール
樽本 樹廣(たるもと・みきひろ)
1978年、東京都生まれ。大学卒業後は新刊書店でアート、音楽、思想のジャンルを担当。その後、独立して2006年8月に「OLD / NEW SELECT BOOKSHOP百年」を、2017年8月には「百年」から徒歩1分の場所に「一日」をオープン。


写真 / 千羽聡史
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。