【第5回】


常陸大子ひたちだいこでつながった
 高円寺にある小さな酒場「ちんとんしゃん」を1人で切り盛りする田島徳子さん。『じゅん散歩』で高田純次が高円寺をうろついているとき、これから店へ行く着物姿の田島さんを見つけて「あら、きれいなお嬢さん」と言って、くっついていったほど、美しい女性である。『かりら』という粋な文芸誌を発行し、その編集長も兼ねる。私がこの店に顔を出したのは4、5回か。それでもすぐ名前と顔を覚えて、2回目には「おかざきさん」と呼んでくれていたから頭もいいんだ。
『かりら』は「ちんとんしゃん」の常連さん及び、田島さんの交遊関係で執筆者が決まる。私も次号に執筆依頼があった。ただし、原稿料は出ない。私は原稿料でのみ食べている人間として、タダの媒体には基本的に文章を書かない。しかし、『これからはソファーに寝ころんで』の紹介をしていい、ということで引き受けた。
 原稿では本の内容を説明するため、いくつか目次から章タイトルを挙げた。その中に「水郡線の旅」が入っていたのを、メールのやりとりをする過程で田島さんが素早く反応し返信してきた。「水郡線はどこまで乗られたのですか」と聞かれ「郡山から水戸まで完乗し、常陸大子で途中下車した」と答えると、すぐ「わたし、常陸大子の出身なんです」という。ええっ! とこっちが驚いた。「高校は、朝5時に起きて水戸まで通ってました(水戸駅からさらに自転車で40分でした)」。次回、「ちんとんしゃん」へ行った時、田島さんと常陸大子の話をするのが楽しみだ。

その短さにいこえる八木重吉
 日々生きていると、いろいろなことがやりきれないねえ、まったく。蓄積された不愉快の解消は、太ももをぎゅっとつねるか、たとえば八木重吉を読む。厳格なキリスト教徒で中学教師、そして詩人。時代の病いである肺を病み、昭和2(1927)年、29年の短い生涯を終えた。生涯も短いなら、詩のかたちも短いのが特徴だ。2行から4行ぐらいの詩が多い。しかも使われるのは、おそろしく平明な言葉たちだ。その一例。

えんぜる・・・・になりたい/花になりたい」(「花になりたい」)
 大阪・通天閣の下の飲食店で、こんなことを呟けば、「ねぼけたこと、ぬかすな!」と表に叩き出されるかも知れない。「おもたい/沼ですよ/しずかな/かぜですよ」(「沼と風」)、「まひる/けむしを 土にうずめる」(「毛虫を うずめる」)と、挨拶に困るような短詩ばかり。これがはたして詩か? と疑問を持つ人もいるだろう。
 もちろん詩である。しかも、非常に優れた詩境に達している。自由律俳句に近いか。人の気持ちを純化していって、どんどん切りつめて、最後に滴るしずくのような言葉を重吉は詩にした。短い矢だが、真直ぐ飛べば、人の胸を射抜くのである。私は射抜かれた。
「わたしのまちがいだった/わたしの まちがいだった/こうして 草にすわれば それがわかる」(「草に すわる」)。最初の1行と2行。言葉の連なりは同じだが、2行目は途中、ブランクがある。この1字分のブランクが生きている。読む者も、同じ行を漫然と繰り返して読むのではなく、ここでいったん呼吸を止めるのだ。私はこの詩が好きだ。
 八木の詩集は、手に入りやすいもので言えば、ちくま文庫に2巻の全詩集がある。私は各種所持しているが、一冊本で読みやすいのが欲しくて、古本屋にて鈴木亨編『八木重吉詩集』(白凰社)を買う。ソフトカバー版もあるが、これは函入り。函にカバーが巻いてあったが、それを取る。そのほうがすっきりして見映えもいい感じ。

『男たちの旅路』の吉岡指令補のアパートは
 BSプレミアムで、山田太一脚本ドラマ『男たちの旅路』(1976)第一部から3話分放送する。私は、これまで何度も見たのに、まだ見るか。見るんです。克己心を強く持ち、筋を通して生きる戦中派の吉岡(鶴田浩二)がかっこいい。とっくに、吉岡の年齢を越えてしまったが。
 吉岡がアパートへ帰るのに、降りる停留所が都電荒川線「巣鴨新田」で、その周辺を一度、歩いて調査したことがある。吉岡は停留所を降り、線路内を歩くが、いまはそれはできない。立入り禁止である。吉岡のアパートは、巣鴨1丁目の住宅街の路地を入ったあたりにあると想定される。外階段、木造モルタル2階建てアパート。それらしきものを発見したが、何しろ40年以上も経過している。部屋の内部はセット撮影である。
 吉岡は、若くして死んでいった特攻隊の仲間に義理立てして、いまだ独りである。まだコンビニが普及していない70年代、八百屋で果物、缶詰、カップ麺など食料品を買って帰る。ビニール袋ではなく、大きな紙袋にそれらは入れられ、腕に抱える姿が何度も登場する。この40年、いろんな風俗や風景が、あわただしく変化していくのだ。

『マイ・ボディガード』
 元軍人の特殊工作員クリーシー(デンゼル・ワシントン)は、暗殺の明け暮れに疲弊し、心を病み酒浸りの生活を送る。子どもの誘拐が頻繁に発生するメキシコで、実業家の娘、9歳の少女ピタ(ダコタ・ファニング)のボディガードに雇われる。ピタは純真かつ明敏で、次第にクリーシーの凍った心を溶かしていく。2人が強い結びつきを持つようになった折り、誘拐犯が現れ銃撃戦となり、クリーシーは瀕死の重傷を負う。ピタはさらわれた。恢復かいふくしたクリーシーの復讐と、ピタ奪回の行動が始まる。
 原作はA・J・クィネル『燃える男』。設定は同じだが、原作では主人公は白人。誘拐は児童ポルノのビジネスで、ピタは陵辱され殺される……だったはず。映画では、最後クリーシーの死で終わるが、原作はシリーズとなり、クリーシーの活躍はまだ続く。いろいろな点で相違はあるが、映画は、なんといってもダコタ・ファニングの天使的可愛さが魅力となっている。スピルバーグ『宇宙戦争』(2005年)でも、トム・クルーズの娘役でほぼ出ずっぱりだった。その後について、私はあんまり印象にない。1994年生まれだから、今年もう25歳か。アメリカ版安達祐実にならなければよいが。

(写真とイラストは全て筆者撮影、作)

『これからはソファーに寝ころんで 』(春陽堂書店)岡崎武志・著
旅先で起こった出来事、日常のささやかな発見。人生の寄り道・迷い道で心に刻んだことを、著者自身のイラストや写真とともにエッセイでつづる。それは、思わず「自分も出かけたくなる」「追体験したくなる」小さな旅のガイドにも。
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この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。