ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載19】
“本のある場所”が、人と人をつなぐハブとなるように
NENOi(東京・早稲田)根井 啓さん


本屋になったきっかけは、図書館での“気づき”
学生の街、東京・早稲田。新刊を中心に古書やZINE(自主制作の小冊子)、雑貨も取り扱う「NENOi」は、2017年10月にオープンしました。店の前に立つと、目に飛び込んでくるのは開放感のある壁一面のガラス窓。すっきりと白で統一された壁や本棚、あたたかみのある木のカウンターのほか、カフェとしても利用できる店内の様子が外から見えるので、初めて訪れた人にも入りやすい店構えです。店主の根井啓さんが「人と人をつなぐ場をつくりたい」と開店してからもうすぐ2年。この店がどのように人と人をつないできたのか、お話をうかがいます。
── 根井さんが独立して店を構えることになる背景には、ある図書館の存在が大きかったそうですね。

ええ、そうなんです。以前、3ヵ月間だけオーストラリアのメルボルンに滞在したことがあるんですが、そのとき訪れた「ビクトリア州立図書館」からとても大きな影響を受けました。そもそも、図書館って静かにしなくちゃいけないところだと思いますよね。ところが、そこではピアノコンサートやパフォーマンスで大きな声や音を出しているし、展示などもさかん。「図書館は、本を読むためだけの場所じゃない」ということに衝撃を受けました。本のある場所が文化を発信することで人が集まり、人と人をつなぐ場になる。この“気づき”がのちに本屋をオープンすることにつながります。
── 「人と人をつなぐ場をつくりたい」と思うようになったのは、その図書館での経験がきっかけですか?
いいえ、それはもっと前から思っていたことです。知り合いと知り合いがつながって、そのつながりがどんどん広がっていく。「人と人をつなぐ」って楽しいじゃないですか。帰国後、クラウドファンディングの会社に就職したのも、人と人をつなぐ仕事だったから。でも、もっとダイレクトにつなぐ方法はないかと考えたときに頭に浮かんだのがビクトリア州立図書館での、あの“気づき”でした。本のある場所がハブとなって人と人をつなげる。それは本屋にもできることなのではないかと考えて、独立を決めました。

── 早稲田はもともと書店がたくさんある街ですが、ここを選んだのはなぜでしょう。

学生から刺激を受けたくて、ここに店を構えましたが、学生さんがくるようになったのは最近になってからで、その代わり近くに大きな公園(戸山公園)や幼稚園があるからか、親子連れや女性がよく来てくれます。古書店はこの辺りにたくさんあるけれど、新刊の絵本を置いているところはあまりない。それに、うちではフレンチプレスで淹れるコーヒーや世界的な賞をとっている大阪の「箕面(みのお)ビール」も飲めるので、独自性は出せているかなと思います。箕面ビールはホップがきいておいしいし、ラベルも秀逸なんですよ。
誠実につくられた“嘘のない本”を並べたい
── 新刊と古本の割合など、オープン当初から変わったことはありますか?
新刊9に対し古本1の割合で始まり、いまは古本が増えて8対2くらいでしょうか。新刊は自分で選べますが、古書の仕入れは出合いによるもの。自分の知らなかったことを発見できて、いい刺激になります。できるだけ幅広いジャンルをそろえたいと、以前は写真集なども置いていましたが、最近は絵本や児童書がだんだん増えてきました。お客さんのニーズに合わせて少しずつ変えているけれど、萩尾望都の漫画やミヒャエル・エンデの『モモ』(岩波書店)など、自分が好きで普遍性のあるものは今後も置き続けます。
── 根井さんが本を選ぶときのポイントを教えてください。
強いて言えば、「純粋におもしろいと思えるかどうか」と「嘘がないかどうか」でしょうか。誠実につくられたものか、適当につくられたものかは現物を手に取って、ページをめくってみるとよくわかります。限られたスペースだからこそ、店にはなるべく思いを込めて丁寧につくられた本、嘘のない本を並べたい。とくに自主制作されているZINEには、オリジナリティと作り手の熱量を感じるものが多いので、これからも増やしていくと思います。

ハードカバーで読んでほしい『はてしない物語』
── イベントを積極的に行われていますが、なかでも書店主催のランニングイベントは興味深いです。
よく言われます(笑)。そもそもは知り合いに「本が好きな人は走らないし、走る人は本を読まない気がする」と言われて、ほんとにそうなのか? と確かめたくなったのがきっかけです。僕自身、高校では陸上の中長距離をやっていましたし、フルマラソンにも何度か出場しているので、月に一度、3~5km走ったあと、ビールを飲みながら本について話す会を続けています。あるときは『精霊の守り人』(上橋菜穂子著、偕成社)ファンと『十二国記』(小野不由美著、新潮社)ファンがお互いにすすめあうなどして盛り上がっていたこともありました。
── 「走る人も本を読む」ことを実証できましたね(笑)。最後に、街の本屋の役割とは、何だと思いますか?

1冊1冊の本に文化があり、それを発信するのが本屋の役割です。そこに人が集まり、人の輪が広がっていく。そのためにも本を売るだけでなく、イベントも育てる気持ちで続けていきたいし、地域との連携ももっと深めていきたいです。電子書籍は便利ですが、ハードカバーを開くときの手触りやわくわく感には代えがたい。『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ著、岩波書店)は、主人公が不思議な本を開くことから物語がはじまりますが、電子書籍とハードカバー、どちらで読むかで感じ方は違いますよね。紙の本でしか味わえない体感もここでは伝えていきたいです。
世代を超えて読み継がれる“定番”が存在するからか、ほかの新刊と比べて絵本は“息の長いもの”だと思っていましたが、最近は定番になる前に消えてしまう絵本が多いのだとか。
恒例の角打ち、ランニング、詩の朗読などのイベントに加え、絵本コーディネーターや編集者を招いてトークショーを企画するなど、そのとき気になるモノやコトを次々とイベントにしていく根井さん。“気づき”の種を見逃さず育てていく心、人と人をつなげたいという思い。NENOiが発信する文化は、小さいけれど強い光を放っています。

NENOi 根井さんのおすすめ本

『ふしぎなえ』絵・安野光雅(福音館書店)
階段を上がったはずがいつの間にかもとの階に戻っていたり、蛇口から出た水が街を流れてまた水源となったり……。オランダの版画家・エッシャー作品のような安野さんの絵は、存在しそうだけど実際にはありえない不思議な世界。幼い頃から大好きな本でしたが、大人になったいまもその魅力は色あせません。
『名作童話 小川未明30選』宮川健郎編(春陽堂書店)
「日本のアンデルセン」と呼ばれる小川未明の作品や年譜、解説、紀行文をまとめた1冊。収録短編「時計のない村」は、文明の利器・時計がもたらされたことで起こるいざこざを、皮肉めいた視点で描いています。日本の原風景が味わえるものからファンタジックな世界まで、幅広く童話の世界を描きながらも鋭い社会批評が含まれており、子供大人問わずお勧めできる1冊です。

NENOi
住所: 169-0051 東京都新宿区西早稲田2-4-26 西早稲田マンション103
営業時間:12:00 – 20:00(日曜のみ12:00 – 18:00)
定休日:原則として毎週木曜、第3日曜
http://nenoi.jp


プロフィール
根井 啓(ねのい・あきら)
1979年、東京都生まれ。大学卒業後10年勤務したメーカーを辞め、オーストラリア・メルボルンに3カ月滞在。主な目的はメルボルンマラソンに参加することだったが、そのとき訪れたビクトリア州立図書館が文化の発信を担っていることに衝撃を受ける。帰国後、クラウドファンディングの会社に2年勤めたのちに独立。2017年10月にコーヒーやクラフトビールも楽しめる本屋「NENOi」をオープン。「人と人をつなぐ場」となるべく、イベントも積極的に行っている。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
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