【第10回】


関西ねぎを豚肉と炒めて
 ときどき、あれは美味かったなあ、と思い出す「食」がある。仕事を終えて、スーパーへ買い物(私にとっては息抜きで娯楽)へ。九条ねぎ(関西の柔らかめのネギで青い部分も食べる)が売られていてセルフかごへ入れる。関西ではスキヤキもこれを使う。これだよと思い豚バラ肉もついでに。というのも、40年以上前か、私がその頃住んでいた大阪府北摂の枚方市から、淀川を隔て対岸の街・高槻市へバスで通っていたことがあった。あれはどんな用事だったんだろう。歯医者への通院だったか。
 バス停を降り、目的地へ行く途中に一軒の食堂があって、そこで昼飯を食べた、と思って下さい。その店の人気メニューらしく、見たこともないものを複数の客が食べている。で、それを頼んだら、めちゃくちゃ美味かったのだ。記憶だけで書くが、豚肉を炒め、そこへ大量の関西ねぎ(九条ねぎかどうかは不明)を投入し、塩こしょう(少し醤油を足らすか)、おそらく酒で味付けした一品。ネギの甘味が出て、しゃきしゃきした食感もあり、これは!と驚いた。それで、高槻市へ向かう時は、ここでこの豚ネギ炒め、と決めてしまった。
 以後、同様のメニューと再会することはない。そうなると無性に食べたくなりますね。そこで今回、自分で再現してみた。この九条ねぎの束を全部、短冊に切り、豚バラに少し片栗粉をまぶし準備。あとは、肉、ネギの順に強火の鍋に投入し、一気に炒めていく。塩、こしょう、酒、醤油に少し砂糖を加えてみた。記憶の中のメニューとまったく同じとはいかないが、これはなかなかの出来。食欲のない夏には最高の一皿ではないか。ビールにも合います。

ロックアイスが必要なんだ
 あいかわらず毎夜、飲んでいる。酢じゃないよ、酒だよ。夏に酒を飲むのに使う氷は、なるべく袋入りのロックアイスを店で買う。ささやかなぜいたくだ。冷蔵庫の氷も使うが、溶ける早さが違うし、やっぱりロックアイスで作った酒は美味いのだ。しかもきれいだ。
 業務用に使われていたであろうロックアイスが、一般家庭で使われるようになったのはいつ頃か。これにはデータがない。……と思って検索したら、「ロックアイス」は千葉県の小久保製氷冷蔵の商品登録名で(大阪では「かち割り」と言っていた)、1973年から市販されるようになった、とある。
 この映画については前も触れたが、『動く標的』(1966年)の冒頭に興味深いシーンがある。私立探偵のP・ニューマンが二日酔いの頭をしゃっきりさせるため、水を溜めた洗面台に冷蔵庫から出した氷をぶちこみ、頭を突っ込む。
 もっと近く、2005年から15年にかけてテレビ映画でシリーズ化された、トム・セレック主演『警察署長ジェッシイ・ストーン』にも冷蔵庫の氷が登場する。アルコール依存症でロス市警を馘首かくしゅされ、東部のマサチューセッツ州の小さな町・パラダイス(架空の街)の警察署長に収まったジェッシイが主人公(原作はR・B・パーカー)。トム・セレックが自らプロデュースして映像化され、いい出来ではあるが、原作で30代の男を60近い男(シリーズ終わりには70近くなっていた)が演じるのは、やや無理がある。そういえば、『忍び寄る牙』(菊池みつ訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)にトム・セレックの名前が出てくる。
 ジェッシイが関係を持つ美貌の不動産業者マーシイとの会話。
「あれだけ金があって、あれだけ時間があって、誰も働いていないのだから、もっとましに見えるようにしたらよさそうなものだと思わない?」
「みんながみんな、トム・セレックと結婚しているわけじゃない」
 実在の人物が、小説の中に出てくるというのは、当人にとってもうれしいはず。ピアニストの中村紘子は『赤頭巾ちゃん気をつけて』に名前が出てきたことが縁で、著者の庄司薫と結ばれた。おそらくだが、トム・セレックがジェッシイ・ストーン・シリーズを手がけるきっかけは、この個所にあったのではないか。真相はわかりませんが……。
 ジェッシイは美しい妻と別れ(未練たらたらである)、ドラマでは桟橋を渡った湖水の小さなコテージに住む。毎晩、オンザロックでジョニ赤を飲むのだが、その時、冷蔵庫の氷を使う。指で直接氷をつまみ、ゴロゴロとグラスに入れ、ウィスキーを注ぐ。いつもそうだ。冷蔵庫の氷について、いま思い付くのはこの2例で、いつもそのことを意識してアメリカの映画やドラマを見ているわけではない。買ってきた袋の氷(ロックアイス)を使うケースがあったかどうか。
 原作のジェッシイ・ストーン・シリーズの一作『忍び寄る牙』には、こんな個所がある。
「二杯目は一杯目よりうまかった。ジェッシイは、グラスを持ち上げて明かりに当てた。氷が水晶のようだ。中身はスコッチで金色に輝き、炭酸で生き生きしている」
 この場合はバーで、氷はおそらくロックアイスだ。そう、視覚的にも,白濁した冷蔵庫の氷と違い、透明なロックアイスは酒に沈むと美しい。同作には、飲酒のシーンがたくさんあるが、飲ん兵衛を励ます名言も随所にある。例えば次のようなところ。
「たまの酒飲み、付き合い上飲む人、あれほど俗っぽい飲み物でさえなければセヴン・アップを飲んでいたい人は、最初の一杯を丁寧に作る気持ちが理解できない。ジェッシイは、以前から、最初の一、二杯は人生そのものだと思っている。気を和ませてくれる滑らかで泡立った厳しい一杯なのだ」
 うーんとうなるような文章ではないか。酒飲み万歳!


昭和記念公園花火大会
 今年で何回目になるのだろうか。梅雨明けの夏の初め頃に、立川市の昭和記念公園で開かれる花火大会がある。うちは隣の市だが、家にいて、ズドンズドンと打ち上がる花火の音が響き届く。こちらへ引っ越してしばらくは、家族で公園まで花火見物に出かけていた。しかし、年々見物客が増えて、園内の混雑はもちろん、周辺の道路が車で埋めつくされる事態となり、見に行くのをあきらめた。近年の公式発表によると、約23・7万人(国営昭和記念公園内来観者)外周道路等含め60万人以上の見物客があったという。うへえ、花火を見るのか人ごみを見るのか分からないよ。剣呑けんのん。
 昨夜がその日(雨で順延)だった。日が落ちて、空の色が変わる頃から,ズドン、ズドンと音が空気を震わせ始めた。コンビニまで買い物に行って、帰り、住宅街の屋根の隙間から、花火のほんの一部が見えた。そうか、現地から離れていて、地上にいても見える場所があるのだ。そのまま歩き続け、家の近くのバス通りにさしかかった時、通りの先の開けた空間に、はっきり大輪の花火が見えた。こんなに長く、この地に住みながら初めて気づいた。
「へえ、こんな場所から花火が見えるんですね」と、傍らで犬の散歩をさせていた御婦人につい話しかけてしまう。ふだんはそんなことはしない。興奮していたのだろう。すると、足を止めて彼女が「ええ、見えますよ。ただ、もっとよく見ようと、向こうの方まで歩いていくと見えなくなるんです。ここがいいんですよ」と言う。
 音だけかと思っていた花火だったが、意外や、すぐ近くの地上から眺めることができた。見ると、近隣の住民が花火を見物するため、通りへ出てきている。トリミングされたお裾分けの花火ではあったが、ちょっと得した気分であった。

雑草が気になるのはよくない
 見落としそうになったら、録画してもチェックするのが『じゅん散歩』だ。平日、毎日放送の15分ほどの町歩き番組で、高田純次は地井武男、加山雄三に続く散歩シリーズの三代目。地井は「庶民性」、加山は「若大将」を売りにしたが、高田は「適当」。その場その場で、ほとんど意味のない切り返しをしてやりすごす。その「適当」さが、並はずれている。
 一例を挙げる。下町だったかの職人の店を訪ねて、親父の跡を立派に息子が継いでいるという話の流れで、高田が「いいですねえ、うらやましい。うちの息子にも聞かせてやりたい」と言った後、すぐ「あ、うちに息子はいないんだった(笑)」とつなげたのだ。ちょっと背筋がゾクゾクするほどの「適当」さであった。

 「適当」に歩いているように見えて、高田は何一つ見逃さず、風物や事象に突っ込む。その反射神経がじつに素晴らしいと思うのだ。7月24日放送分は「両国」を散歩。JRの高架のコンクリート壁の隙間から、雑草が生えて、葉を繁らせている。そこを見逃さない高田は、雑草のたくましさに触れ「私も雑草のように生きたいと思っていたら、ただの雑草になってしまいました(笑)」と言った。世に流通する「雑草のように生きたい」というありきたりの生温い表現をからかっているのだ。
 そこで鈴木志郎康しろうやすの詩「雑草の記憶」(『やわらかい闇の夢』)を思い出す。
「はたと雑草が目に止った/アスファルト道路の端から生えている/何か言葉になりそうになったが/勤めの同僚23人と昼食の帰りなので止めた」に始まる短い詩。中略で、「雑草が気になるのはよくない」と書く。「雑草」を見て想起する感想は、たいていありきたりなのだ。しかも心の弱い部分に働いて、じつに陳腐な反応を示すことが多いと私は思う。ほかにも同様のことがありそうだ。高田と鈴木はそのことを暗に戒めた。
(写真とイラストは全て筆者撮影、作)

『これからはソファーに寝ころんで 』(春陽堂書店)岡崎武志・著
旅先で起こった出来事、日常のささやかな発見。人生の寄り道・迷い道で心に刻んだことを、著者自身のイラストや写真とともにエッセイでつづる。それは、思わず「自分も出かけたくなる」「追体験したくなる」小さな旅のガイドにも。
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この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。