ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載20】
本屋、流通、出版。「街の本屋」が実践する、本に関するすべてのこと
H.A.Bookstore(東京・蔵前)松井 祐輔さん


小さな本屋だって、やっていける
おもちゃの問屋が軒を連ねていた蔵前に、最近はおしゃれなコーヒーショップや小さな工房など、個性的な店が集まって新しい風を吹き込んでいます。この街に「H.A.Bookstore(エイチ・エー・ブックストア)」が店を構えたのは2015年11月のこと。H.A.Bookstoreは、ただの新刊書店にあらず。「出版社」として本をつくり、「取次」として本の出荷も担っています。店主の松井祐輔さんは、なぜ本に関するすべてのことをやろうとしたのでしょうか。
── 流通の仕事までする本屋さんは、とてもめずらしいですね。
取次はボリュームがないと利益が出ない仕事だから、取次をやろうなんて、普通は考えないと思います(笑)。僕も取次会社を辞めたときは、自分で書店や取次をすることになるとは考えてもいませんでした。これから先なにをやるかも決めていなかった時期に、求人サイトを運営する株式会社シゴトヒトが「リトルトーキョー」といういろんな働き方にチャレンジするスペースを虎ノ門につくろうとしていることを知りました。その活動に興味を持ち、小屋づくりの手伝いに行ったのが、そもそも本屋を始めるきっかけです。
── そのときのDIYが「小屋BOOKS」という本屋さんにつながるんですね。

そうです。2坪くらいの小屋に、働き方に関する本を揃えていました。当時(2013~2014年)は個人経営の書店がどんどんなくなっていって、大型書店ばかりが増えていた時代。「小さな書店はやっていけない」とメディアでもさかんに言われていましたが、僕には小ロットで仕入れる方法など、本の流通についての知見があります。「無理だ」という意見を耳にするたびに「そんなことはない」という思いが強くなり、できることを証明するために、まずは小屋BOOKSで小さな書店を始めてみることにしたんです。
── 出版の仕事は、どのような経緯ではじめることになったのでしょう。
まだ取次会社にいた頃、取次の仕事に役立てようと「本屋B&B」のインターンとして働いたことがあります。そこで取次ルートには流通していないリトルプレスやZINEの本がたくさんあることを知ったことが、いま考えると本をつくる出発点になったのかもしれません。本づくりや原価構造など、出版に関して何もわかりませんでしたが、自分でやればわかるのではないかと、小屋BOOKSのスタートとほぼ同時期、2014年2月にインタビュー誌『HAB』(ハブ)を創刊しました。

直取引の代行からはじまった「流通」の仕事
── 流通の仕事をはじめたのは、いつ頃ですか?

2015年の9月に、リトルトーキョーが清澄白河に移転したので、小屋BOOKSは閉鎖。新たにH.A.Bookstore として、蔵前に店をオープンしたのが同じ年の11月で、流通の仕事をはじめたのはそのあとです。『HAB』は取次ルートで買える本ですが、自分の本ですから直販もします。その延長で、シゴトヒトの出版物に関しても直取引の代行をするようになり、そのうち、ほかの出版社からも頼まれるようになりました。いまでは直販だけでなく、神保町にある取次会社の株式会社八木書店を通して東日販にも流通する仕組みを整え、13社、35~36点の本を扱っています。
── 書店のH.A.Bookstoreでは、どのような本を扱っていますか?
一般に流通しているものからZINEまで、特定のジャンルにこだわらず、幅広くそろえるようにしています。個人的に好きなSFや漫画もありますし、20~30代の女性のお客さんが多いので、料理の本も並べています。浅草に近いこともあり、たまに外国人観光客も来てくれますが、外国語の本はありませんし、ビジネス書のなかでも「楽して稼げる~」という類いの本は置きません。ここでは、時代に関係なく長く読まれそうな本や丁寧につくられている本、そして発想が面白い本を紹介していきたいと考えています。
日常の動線のなかに本屋があり続けるために
── 土日祝だけの営業から、木~日曜営業に変更されましたが、以前より大変ではないですか?

たしかに店の営業時間は増えましたが、第3日曜を定休にしたことで、月に一度は確実に休める日ができましたし、インプットや家族との時間をとれるようになりました。これまで来られなかったお客さんがちらほら来てくれるようになったのも、うれしいですね。営業日時の変更は、平日勤めている会社の理解を得られてできたこと。「本屋B&B」共同経営者でもある内沼晋太郎さんの会社、NUMABOOKSで仕事をしているのですが、木曜と金曜の夜は店番をしながら、テレワークで仕事をさせてもらっています。
── 本屋、流通、出版だけでなく、ほかの仕事も……。その原動力はどこから来るのでしょう。
誰もやらないから僕がやる、という感じかな。いろいろやっていますが、とくに取次の仕事はもうからないけど、とても意味のあることだと思っています。取次会社と取引口座のない書店が、幅広い選択肢のなかから本を仕入れられるようになれば、結果、本を手に取るお客さんのためになる。直販、トランスビュー、従来の取次にうちのような形態が加わることで、書店の棚はバリエーション豊かになっていきますし、本屋の数も増えていくのではないでしょうか。日常の動線のなかに本屋はあり続けてほしい。そのために、ちょっと忙しいけど頑張ります。

教科書の代わりにタブレットが導入されるなど、デジタル化の波は日々進んでいます。「このままだと、一生のうち1冊も本を読んだことがないという人が現れかねない」そう危惧する松井さんは、街に本屋があり続けることが一番大事だと考えています。本をつくり、流通させて販売し、そしてまた新しい本をつくる──H.A.Bookstoreは、未来の本、そして本屋を取り巻く環境がよりよいものになるように、挑戦し続けています。

H.A.Bookstore 松井さんのおすすめ本

『歩きながら考える Step 9 特集 行き止まり、歩いてその先へ』(歩きながら考える編集部)
2004年の創刊当時、編集学校に通っていたメンバー数人でつくられているリトルプレス。文学・アート・社会学の記事を中心に不定期で刊行されています。毎回巻頭のテーマと巻末の言葉がすばらしくて、人選も絶妙。約2年ぶりに出たStep9は、いつもより判型が大きいのですが、この自由さも魅力のひとつです。
『匂いと香りの文学誌』真銅正宏著(春陽堂書店)
文学における「匂い」の表現に注目した、一風変わった視点の評論集。風景は作品から受ける印象通りでも、匂いの感じ方は人それぞれ。一度、匂いを意識してから本書で引用される小説の一文を読むと、むせ返るような匂いに包まれているような感覚になるのも不思議。この本を読んでから「聖地巡礼」してみては?

H.A.Bookstore
※2020年9月12日に実店舗は閉店されました。
https://www.habookstore.com


プロフィール
松井 祐輔(まつい・ゆうすけ)
1984年、愛知県生まれ。出版取次の株式会社太洋社に6年勤務したあと、2014年2月にインタビュー誌『HAB』を創刊し、同年4月にカフェに併設された無人の書店「小屋BOOKS」を開店。2015年11月には店舗を蔵前に移転し、「H.A.Bookstore」をオープン。書店運営だけでなく『シゴトヒト文庫』『これからの本屋』『多田尋子作品集 体温』『しししし』『靴のおはなし』など、出版物の卸売(取次)や出版活動も行っている。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋

この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。