初版道/川島幸希さん インタビュー
古書の魅力と春陽堂と夏目漱石【前編】

(インタビュアー:服部徹也さん)



2019年9月の時点でフォロワー数1万2000人のTwitter「初版道」(@signbonbon)アカウント。日々、近代文学や古書についてのツイートをしているアカウントですが、その発信者が川島幸希かわしまこうきさんであることは、実は知られていないかもしれません。川島さんは『英語教師 夏目漱石』といった著作や、2019年11月には新潮選書から『直筆の漱石──発掘された文豪のお宝』の刊行も予定されている日本近代文学の研究者であり、また秀明大学学長でもあります。
Twitterでは、日々、文豪たちの貴重な資料や写真の公開やクイズの出題、そして自身のコレクションの中から貴重な書籍を無料で贈呈している「初版本プレゼント」などを行い、若い人たちを中心として幅広い世代にフォローをされています。
2019年9月に『はじまりの漱石──『文学論』と初期創作の生成』を刊行したばかりの漱石研究者、服部徹也さんによる新連載「夏目漱石と春陽堂」のスタートを記念して、そんな初版道/川島幸希さんにお話を聞いてきました。Twitterを始めた経緯から夏目漱石が春陽堂から刊行した書籍のこだわりぬいた美しさにいたるまで──インタビューをとおして、春陽堂と夏目漱石の関わりを振り返ります。


Twitterから広がる初版本の世界
服部 まずは「初版道」さんと川島幸希先生、ふたつの顔に迫っていきたいと思います(*1)。川島先生が「初版道」というアカウントでTwitterを始めたのが2015年3月ですね。
川島 そうです。始めた理由は、大学の学園祭「飛翔祭」で行う文学展(*2)を宣伝するためでした。2014年の秋に「宮沢賢治展」をやったとき、見にきた方がTwitterでいろいろつぶやいていたのを知り、これだけ反応が多いということは広告として使えるなと。だからその後、「太宰治展」(2015年)を開催する前に始めました。

図1 秀明大学飛翔祭「夏目漱石展 秘蔵コレクションでたどる生涯」図録、2016年

やるからにはフォロワーも増やしたい。そこで珍しい初版本や署名本の写真などをアップしていたら増えてきたから、その人たちに何か差しあげようと考えて、2016年の正月にお年玉のプレゼント企画を行いました。初版本のプレゼントはそれが最初です。
夏目漱石展(2016年)が終わった時点で、ツイッターを止めようかと思いました。しかし、たしかその時点で4000人くらいフォロワーがいたので、宣伝のためにやって、はい終了、とするのは引け目がありました。それから今日までズルズルと続けているわけです。
初版本のプレゼントとその行方
服部 初版道さんから本を受け取った人がその写真をアップしているTwitterのハッシュタグ、「#初版道プレゼント」 は素晴らしいですね。

図2-1 しろつき(6868)『太陽のない街』『病める薔薇』

図2-2 告天@特務司書「柳川春葉直筆原稿尾崎紅葉添削入り」

川島 古本屋が高値では買ってくれない本でも、宝物のように扱ってくれます。仏壇に置いて写真を撮ったり、開けて手が震えていますとか、泣きましたとか。一生会うこともないであろう人が、一生行かないであろう場所で僕の持っていた本を大切にしてくださっている。本を愛する者にとって、こんなに嬉しいことはありません。
 初版本を手に取って、その素晴らしさを実感したことがない人が、古本屋や古書通販サイトの「日本の古本屋」で買うのは敷居が高いと思います。まずはプレゼントで1冊手に取ってみて、興味が持てれば、次は自分で買えばいい。実際、神保町に近代文学の本を買いに来る若い女性も増えているようです。
服部 「文豪とアルケミスト」や「文豪ストレイドッグス」が好きで、初版本などの実物に触れてみたくなる。そんなときに初版道さんのTwitterにたどり着いて、そこから古書の世界に入っていくという方も多いかもしれませんね。ちなみに私も文アルをやっています。
古本「なんでも鑑定団」!?
服部 古書ビギナーのTwitterフォロワーさんから質問されることも多いみたいですね。
川島 質問は、1日にひとつぐらいは来ます。卒論を書いているのでアドバイスが欲しいとか、進路で悩んでいるといったものもありますね。以前、漱石が留学したスコットランドから送ったはがきを見つけて、それが新聞記事になったことがある(*3)のですが、それを見たスコットランドの新聞社から、TwitterのDMで問い合わせがきました。漱石がスコットランドに滞在していたときからあった古い新聞社で、そのはがきを掲載したい、だから許可が欲しいという問い合わせでした。
 一番多い質問は、「この本を探しているのだけど、どこで手に入りますか」です。それ以外にも「買った本にサインがあったのですが本物でしょうか」とか、「この本を〇〇円で買ったのだけれど、高すぎたでしょうか」とか。ヤフオクのURLとか、署名の画像といっしょに送られてくることもあります。結構忙しいですよ(笑)
服部 『なんでも鑑定団』みたいになっていますね(笑) 古本は気になるけど、どこで誰に聞けばいいかわからない、近くに聞ける相手がいない、という気持ちは、とてもわかります。全国的に近代文学を扱っている古書店は減っていて、神保町に行けない人はネットに頼るしかない。
川島 時代が変わったなと思います。いま初版本は、「日本の古本屋」に出品されていれば、その金額で誰でも購入できます。研究の第一人者でも、院生でも、学部生でも、高校生でも買える。ある意味平等ですよね。
服部 かつては古本屋に通いつめてやっと手に入れることができたものが、タイミングよくWeb検索すれば手に入るわけですね。もちろん、古書店や即売会に通い慣れた人が補助としてネットを使うのと、最初からネットだけで本をさがす人とでは、結果として見つけられる本の幅が違ってくるでしょうけれども。
 コレクションアイテムとして近代作家の本が欲しいという場合、復刻本はいいですよね。見た目が綺麗で、名作ばかり。定価は高かったけれど、今は古本で安く買える。

図3 夏目漱石『三四郎』の復刻版

川島 全くその通りです。私も復刻本から、多くのことを学びました。人にも薦めています。紙質や活字は違うけれども、『春と修羅』と『晩年』がどんな形で読まれていたのかわかるし、オリジナルの雰囲気を味わうことも可能です。ほとんどの方は復刻本でも満足できるし、それでいいと思います。ただ、復刻本ではなくてオリジナルに触れたい、さらにはそのオリジナルが欲しいと思う人が10人に1人くらいはいるかもしれません。その入り口としても、復刻本はありがたいものです。

図4 宮沢賢治『春と修羅』初版

図5 太宰治『晩年』初版

服部 ゲームから入って、復刻本を手に取る。そんな新しいパターンも否定しない公平なスタンスが、初版道さんのTwitterが幅広い世代に親しまれている理由なのだと思います。
川島 きっかけが何であれ、近代文学に関心を持ってくれるだけでありがたいです。それに自分にとって、古書収集は「趣味」であり「道楽」にすぎません。自分がそれにどれだけ入れ込んでいても、愛着が強くても、みんなが入れ込むわけではない。興味のある人とない人がいるのだから、興味のある人が集まる場であれば十分です。
後編へつづく)
【註】
*1 歴史ある古書情報誌『日本古書通信』では、2019年1月号より6回にわたり、「初版本蒐集の思い出――川島幸希さんに聞く」が連載されています(未完)。川島先生のコレクター歴の詳細など、より専門的な内容についてはぜひそちらをご覧ください。
*2 秀明大学図書館近代文学展示館には、過去の文学展の資料が展示されています。閲覧には予約が必要です。足を運ぶ前に、ウェブサイトをご確認ください。また、展示の様子がウェブギャラリーとして公開されています。https://www.shumei-u.ac.jp/campuslife/library/literature.html
*3 「漱石のスコットランド滞在、はがき見つかる 「英国留学中の足どり知る新たな材料」」(『朝日新聞』2018年4月4日)https://digital.asahi.com/articles/DA3S13436683.html


プロフィール
川島幸希(かわしま・こうき)
1960年、東京生まれ。秀明大学学長・日本近代文学研究者。東京大学文学部卒業。近代文学の初版本コレクターだったが、欲しい本がすべて手に入ったので引退した。著書に『英語教師 夏目漱石』『国語教科書の闇』(以上新潮社)、『署名本の世界』『初版本講義』(日本古書通信社)などがある。2019年11月下旬には、『直筆の漱石──発掘された文豪のお宝』(新潮選書)も刊行予定。


服部徹也(はっとり・てつや)
1986年、東京生まれ。大谷大学任期制助教。著書に『はじまりの漱石──『文学論』と初期創作の生成』(新曜社)、共著に西谷田洋編『文学研究から現代日本の批評を考える──批評・小説・ポップカルチャーをめぐって』(ひつじ書房)など。


この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。