新宿歌舞伎町の裏路地にある「砂の城」。夜な夜な句会が行われるこの“城”の、城主で新宿歌舞伎町俳句一家「しかばね派」家元を名乗る俳人・北大路翼さんが、『半自伝的エッセイ 廃人』刊行にあたり、いま気になる人物と語りあう対談シリーズ『人生すべてが俳句の種。』がはじまります。
第1弾は、『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』『孤狼の血』など、日のあたらない場所でひたむきに生きる人を鋭い視点と圧倒的な熱量で描く白石和彌監督。白石監督の新作『ひとよ』(11月8日全国公開)を試写会で観た北大路さん。自身の第一句集『天使の涎』の一節とあまりに重なる世界感に驚いたようで……。

北大路翼さん(左)、白石和彌監督


親の期待に応えられる子どもなんて、ほぼいない
── 映画『ひとよ』をご覧になって、いかがでしたか?
北大路翼(以下、北大路) 観ているうちに、次から次へと言いたいことが出てくる映画でした。それだけいろいろ考えさせられて面白かったということですが、なにより驚いたのは僕の第一句集『天使の涎』に書いた文と『ひとよ』がカブるんです(ページを開いて見せながら)。ほら、ここです。
白石和彌(以下、白石) 「圧倒的にクレイジーな一夜があれば全てチャラだ」……ほんとだ(笑)。
北大路 この映画は“家族”がテーマですよね。僕はいろんな俳句をつくってきましたが、いままで家族だけは唯一テーマにしてなくて。自分のことや周りの友だちのことはいくらでも書けるのに、どうしても家族って避けてしまう。
白石 家族をテーマにしないのは、なにか理由があるんですか?
北大路 うーん……。結局、テレなんだと思います。当たり前にあるものを、わざわざ俳句にするということに抵抗があるのかもしれない。
白石 テレというのは、わかります。だから僕もあまり家族は描いてこなかったので。
── これまで白石監督は、強い絆で結ばれた“仲間”は描いてこられましたが、血のつながった“家族”は今回が初めてですね。
白石 そうですね。とくに意識してきたわけではないんですが、悪い人を描くことが多かったので、自然とそうなったんだと思います。マフィアは○○ファミリー、ヤクザは○○一家と呼びますよね。親分、子分、兄貴分という信頼関係のつながり。でも、その信頼は都合が悪くなると、平気で裏切ることもある。だから、信頼を揺るがないものにするため、「俺たちは家族なんだ」って血盃(ちさかずき)を交わして契約をするんでしょうね。
北大路 でも、契約のあるわかりやすさがいいのかも。普通の家族は自分の意思と関係なく最初からあるもので、盃交わさないから。
白石 ふふ(笑)。たしかに。

北大路 そういう僕も、いま新宿で「俳句一家屍派」と名乗ってますけど。
白石 アウトローっぽい(笑)。
北大路 仲間はいいけど、本当の家族、とくに親ってわずらわしい存在じゃないですか。映画を観て、「母という邪魔な存在~」みたいな句を詠もうとしたんですが、最初に頭に浮かんだ“邪魔”という言葉がどうもしっくりこなくて……。白石監督ならどう表現しますか?
白石 どうだろう。“邪魔”よりは“厄介”のほうが腑に落ちますね。邪魔だと排除しようとしてるけど、厄介だと排除する気はない感じがします。
── 『ひとよ』の母親も、子どもたちにとって厄介な存在でした。
白石 はい。母親はよかれと思ってやったのに、子どもたちは迷惑に感じてる。その上、誰ひとり夢を叶えられず、母親の期待に応えていない。劇中のような事件を起こさなくても、親の期待に応えられる子どもなんて、ほぼいないじゃないですか。そこの部分は普遍的な話になるだろうな、と。
北大路 僕、映画のなかでお母さんが万引きするシーンが好きです。「これでもお母ちゃんは立派か」って、すごくいい。大人は馬鹿なほうがいいんですよ! 大人が馬鹿だと子どもは楽だから。いまの世の中、大人が馬鹿なことしないで、しらけた感じになっちゃってるからダメだと思うんです。
白石 真剣に生きて馬鹿をする。つまり、人生を楽しむということでしょうか?
北大路 そうです。だって、自分が楽しくないと子どもに教えられないでしょ。
白石 それはそうですね。
北大路 白石監督、お子さんは?
白石 娘がいます。親として、可能性の芽はつまないようにと思ってますけど、過剰な期待をしないようにはしてます。子どもとはいえ、別人格のひとりの人間なので、好きなように生きればいい。ただ一度、「アイドルになりたい」って言いだしたことがあって、それは全力で阻止しました。
北大路 (笑)。
白石 家出してでもアイドルになりたいという根性があるなら、やらせてもいいかな、と思ったんですけど。まぁ、一度反対するというのも親の役目なのかなって。
北大路 親の反対を乗り越えて来いと。
白石 そうですね。でも、それ以降やりたいって言わなくなりました(笑)。

方言を使わず、あえて“顔のない田舎”に
── 白石監督の作品は、舞台を地方にすることが多いですが、北大路さんの拠点・新宿歌舞伎町も人と人のつながりが深いからか、都会なのに“村”を感じます。
白石 たしかに。あそこは村社会で、田舎的かもしれないですね。そこに行けば、決まった顔が集まっている。以前はゴールデン街にある歌手・渚ようこさんの店「なぎさ」にもよく行きました。「また来たの?」なんて言われながら(笑)。若松(孝二)さんの『実録・連合赤軍あさま山荘への道程』の劇中歌も担当した渚さんは、映画関係者やアーティストに愛された人。残念ながら、去年(2018年)亡くなってしまいましたけど……。
北大路 歌舞伎町には新宿出身の人なんてほとんどいなくて、地方から集まってきてる。『ひとよ』は地方のタクシー会社っていう設定が面白いですよね。家族は“空間のもの”だとしたら、タクシーのなかもひとつの家族を表している気がします。必然性があってタクシーと言う設定なんですか?
白石 もともと原作(劇団KAKUTA『ひとよ』)からタクシー会社だったんですが、その設定はそのまま生かそうと思いました。田舎の小さなタクシー会社って、だいたい家族経営だし、北大路さんがおっしゃるようにクルマのなかの空間は、簡単に出られない。空間の切り取りやすさというのもありました。
北大路 あと、田舎だからみんな戻ってこられる、というのもありますよね。東京でこういう事件があったら、家も引っ越しちゃうだろうし、みんなバラバラになってしまう気がする。

白石 それはあると思います。『ひとよ』は茨城県で撮ったんですが、地元にいる人たちを描くなら、普通は方言を話しますよね。今回はあえて“顔のない田舎”にしたい、という思いがあって、誰も方言を話さない。日本のよくある田舎のどこか。そういう感じをデフォルメして出したかったんです。
北大路 たしかに方言はないけど、国道沿いのケンタッキーとか、タクシー会社の感じとか、しっかり田舎を感じました。……いま思い出したんですけど、うちの祖父はタクシー運転手だったらしいです。
白石 へー、そうなんですか。
北大路 でも、僕は子どもの頃から乗り物にまったく興味がなくて、運転もしない。
白石 なんで運転しないんですか?
北大路 毎日、酒を飲んでるから。
白石 なるほど(笑)。結構飲むんですか?
北大路 毎晩、つぶれるまで飲んじゃいます。ちょっとだけ飲むってことができなくて。
白石 肝臓、大丈夫ですか?
北大路 ダメです、あまりよくない(苦笑)。
白石 適度にしといたほうがいいですよ。いろんな依存症がありますが、アルコールが一番、身体壊しますから。

叩いていい存在に、集中砲火する“いじめ社会”
── 白石監督は、昔はゴールデン街によくいらしていたそうですが、最近は?
白石 助監督をやっていた20代の頃は、よく行って記憶がなくなるまで飲んでました。最近は行ってないですね。お酒も抜けにくくなりましたし。
北大路 僕も昔は昼くらいにはすっきりしてたけど、いまは夕方にならないと抜けなくて。エレベーターに乗ると、酒とタバコのにおいが残ってるから「あいつが来た」ってすぐわかるみたい(笑)。そういえば、映画のなかでは、子どもたち3人ともタバコ吸ってましたね。
白石 なんか吸わせちゃうんだよな……。役者たちには「吸いたくなかったら、吸わなくてもいいよ」とは言うんですけど。そこんとこ、こだわってると言えば、こだわってるのかな。アルコールと一緒でタバコも依存症なので、なにかに依存している、という感じを出したかったのかもしれないです。そういう僕は、3年前にタバコをやめちゃいましたけど。
北大路 なんでやめたんですか?
白石 家でタバコ吸いながら脚本書いてたら、子どもが走って帰ってきて、「パパ、知ってる? タバコ吸うと命が短くなるんだよ。学校でみんな言ってるよ」って、言うんです。「えっ、そうなんだ。知らなかった」って返事しながら火を消して、その日からきっぱりやめました。
北大路 イヤな学校だな!
白石 ハハハハ(笑)。
北大路 昔は学校行くと、悪い奴が「おまえも吸え」って言ってきたもんです。僕は吸わなかったけど。
白石 意外ですね。なんでですか?
北大路 ひねくれ者なんで。昔はみんなが吸ってたから、吸わなかった。
白石 じゃ、タバコはいつから。
北大路 30歳越えてから。
白石 世の中がタバコを排除しようとしている、いまだからこそ。
北大路 そう。みんなやめるんだったら、俺吸うよって。
白石 アウトローですね~(笑)。

── タバコバッシングもそうですけど、他者を激しく非難する人が増えてきた気がします。
北大路 SNSとかでもすぐ叩かれるし、ほんと生きづらい。
白石 ひどいですよね。一度なにかに失敗して、叩いていい存在になると、過去からなにから人格まで全部否定して。SNSだけじゃなくて、テレビや雑誌でも、みんなで一斉に集中砲火。まるで“いじめ社会”“いじめ国家”だと思う。
北大路 誰かをターゲットにいじめることを、大人がするんだから、そりゃー、子どもは真似しますよ。
白石 ほんと、おっしゃるとおりだと思います。ところで北大路さんもSNSやってるんですか?
北大路 Twitterやってます。俳句が浮かんだとき、メモするのに便利なんですよ。
白石 たしかに、文字数が俳句にはちょうどいいのかもしれない。公開メモですね。
北大路 そう、公開メモ。哲学者の千葉雅也さんも言ってましたけど、いろんなことをやってる人の工房を、ちょっとずつのぞき見させてもらうのがTwitterなんだって。僕はその考えに賛成で、交流というよりメモとして使ってるんだけど、公開しちゃってるから、たまに絡んでくる奴がいる。
白石 「厄介」ですね(笑)。
〈後編〉につづく)
『ひとよ』 11月8日(金) 全国ロードショー

© 2019『ひとよ』製作委員会


雨の夜、子どもたちのために愛する夫を殺した母・こはる(田中裕子)。その15年後、心の傷を抱えたまま大人になった三兄妹(鈴木亮平、佐藤健、松岡茉優)のもとに母が帰ってくる。再会した彼らがたどり着く先は──。

監督:白石和彌
出演:佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子
脚本:髙橋泉
原作:桑原裕子「ひとよ」
製作幹事・配給:日活
企画・制作プロダクション:ROBOT
hitoyo-movie.jp Twitter:hitoyomovie Facebook:hitoyomovie

『半自伝的俳句エッセイ 廃人』
(春陽堂書店)北大路翼・著

“人生すべてが俳句の種”と語るアウトロー俳人・北大路翼初のエッセイ集。書き下ろし俳句も多数掲載したエッセイ48篇、2万句を超える過去作品からの肉筆自選23句、俳句をつくる実践的なテクニックを指南する俳句塾など、北大路翼が俳句をとことん遊びきった渾身の一冊。
●白石和彌(しらいし・かずや) 映画監督
1974年12月17日、北海道生まれ。中村幻児監督主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督に師事し、フリーの演出部として活動。2010年『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編デビュー。2013年『凶悪』が第38回報知映画賞監督賞、第37回日本アカデミー賞優秀監督賞・脚本賞など、各映画賞を総なめ。以降も作品・監督・俳優部門などを中心に60以上もの受賞を果たす。その他の主な監督作品に『日本で一番悪い奴ら』(’16)、『牝猫たち』『彼女がその名を知らない鳥たち』(’17)、『サニー/32』『孤狼の血』『止められるか、俺たちを』(’18)、『麻雀放浪記2020』『凪待ち』(’19)など。
●北大路 翼 (きたおおじ・つばさ)  新宿歌舞伎町俳句一家屍派 家元/砂の城 城主
1978年5月14日、神奈川県横浜市生まれ。小学五年頃、種田山頭火を知り、自由律俳句をマネたモノを作り始める。反抗期に俳句がぴったりと同調。高校在学時、今井聖に出会い俳句誌「街」創刊と同時に入会。童貞喪失を経て詩誌「ERECTION」に参加。2011年、作家・石丸元章と出会い、屍派を結成。2012年、芸術公民館を現代美術家・会田誠から引き継ぎ、「砂の城」と改称。句集に『天使の涎』(第7回田中裕明賞受賞)、『時の瘡蓋』、編著に『新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」アウトロー俳句』『生き抜くための俳句塾』。

写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋