【第14回】


『上京する文學』がちくま文庫入り

 ちくま文庫から9月新刊で『上京する文學』が出た。ちくま文庫の私の著作も、これで9冊目となる。よく出してくれたなあと感慨あり。もとの原稿は新聞「赤旗」に同名タイトルで連載され、書き下ろしに近い大幅な加筆を経て、新日本出版から2012年に刊行。1回だけ増刷がかかったはずである。私としては、ライター人生のふんばりどころと力を込めて取り組んだ仕事で満足している。
 それが7年後に文庫となった。文庫化にあたって、野呂のろ邦暢くにのぶの上京を論じた1章を新たに書き加え、重松清さんには解説というより、自らの上京話を書いていただいた。本を出すのも大変、それが文庫化されるというのも、私レベルのもの書きでは難事に近く、よく声をかけてもらったものだと思う。一つひとつの仕事が、年を経るにつれ、重要度を増してくる。
 文庫の担当は、「あとがき」を見れば記してあるから明かしてもいいと思うが、窪拓哉さん。装幀デザインは倉地亜紀子さん。このコンビで、これまでにもちくま文庫で3冊作ってきた。倉地さんとは、その前『女子の古本屋』でも、単行本、文庫ともにお世話になっている。ここに今回、イラストで後藤範行さんが加わって、どうにか文庫にまとまった。
 倉地さんにも後藤さんにもずいぶんお世話をかけて、お礼を直接言いたいと思い、窪さんに打上げをお願いした。文庫で打上げってじつは珍しいことだが、9月某日、新宿二丁目「随園別館」で円卓を囲む。倉地さんとは2度目。後藤さんは初対面。倉地さんがサーフィンに熱中している、というので、もっぱら話題はそこに。
 なんでも、倉地さんは運動神経には自信があったのに、初めて板に乗ったらボロボロの出来だったとか。そこで諦めるのではなく、「なにくそ」と挑む姿勢に傾斜したのが倉地さんらしい。今では海外へも波乗りに行くという。映画『ビッグ・ウェンズデー』(1978)や、同作にも出演しているサーフィンの神様、ジェリー・ロペスの話になる。私は雑誌『Coyote(コヨーテ)』が特集したロペスの号を持っている。見つかったら差し上げます、と倉地さんに言ったものの、これが、家に帰って探すもまったく見つからないのだった。まったく、しょうがないなあ。

浅草待乳山から六区、翁そばでカレー南蛮、長谷川きよし
「朝日新聞」金曜夕刊の招待券プレゼントコーナーに、わりとマメにハガキを送り、年に何度か当たる。優待券というケースもあって、これは半額ぐらいで公演が見られる。浅草公会堂「長谷川きよし」の優待券(2名まで可)が今回当たって、妻に打診すると、行くというので久々、浅草へ。同様の「優待券」で、これまで歌舞伎座で大歌舞伎、山本潤子、中尾ミエ・伊東ゆかり・園まり、布施明などを見てきた。いずれも大満足の公演であった。とくに山本潤子は、この年(2014年)で歌手を休業するということで、行っておいてよかったと思っております。
 開演1時間前ぐらいから、優待券と入場券の引き換えがあり、私だけ先乗りで浅草へ。少し余裕をもって出かけたので、いつも行かない言問橋ことといばし方面、隅田川沿いの公園をそぞろ歩いてみる。川沿いに続く遊歩道と公園は、ウォーキング、ジョギング、犬の散歩、子供を遊ばせる母親など、けっこうにぎわっている。右側にずっと、高いビルに隠れながらもスカイツリーが見える。桜の時期には、この一帯、人だらけになるだろう。
 前から気になっていた「待乳山まつちやましょうでん」へ。小高くなった丘の上にあり……と書くと話がどんどん長くなるので端折るが、この近くで池波正太郎が生まれている。面白いのは駐車場から本殿脇まで、ミニケーブルカーがついていることだ。歩いて来る参拝客は意外に気づかないのではないか。もちろん私は乗ってみる。降りて、すぐまたそのまま上ってきたのだが。


 このあと裏浅草から浅草寺境内を通り抜け、浅草公会堂で送られてきたハガキを入場券に引き換える。端ではあるが、前から5列目といい席だった。開演まで時間があるので、「翁そば」(台東区浅草2-5-3)でカレー南蛮を食べる。前から「ここのカレー南蛮は美味い」と聞いていたのだ。丼の縁からこぼれそうなほど、たっぷりしたカレー餡に、そばがたっぷり沈んでいる。ハフハフと平らげる。ほかの客も8割方はこれを注文しているようだった。
 そして待ってました。長谷川きよし70歳のステージを妻と並んで体験する。生は初めて。軽妙な喋りを挟んで、超絶のギターテクニックと、伸びのある歌唱による圧巻の2時間。あっというまだった。いやあ、堪能しました。さっそく中古でベスト盤のCDを買う。長谷川は幼い頃に失明して、盲目の歌手となる。ステージまでは付き添いがサポートするが、ギターにカポをはめたり、椅子の下のペットボトルの飲料水で水分補給をするなどは、すべて誰の手も借りず、自分でやる。
 若い頃の話だが、長谷川は目が見えているのではないか、という噂が立ったことがある。一人で歩いていて、街角を躊躇なく曲がるさまを目撃されたり(「風の変化でわかります」とのこと)、麻雀はともかくトランプをしているなどの伝説が生まれた。視力に頼らない分、ほかの感覚が非常に発達したのだと思われる。とにかく、歌とギターは天下一品だ。ラストの「愛の讃歌」に体が震える。

柳のように疲れて……
「柳のように疲れて……」というフレーズが頭に残っていて、出典は歌だったか、詩だったか、それともほかの何かなのかがわからなかった。ただ、非常に印象的な表現であり、「柳」のほかに、何か別の言葉を持ってきても、これほど感じは出ない。まさに「柳のように疲れ」ることがあるのだ。そこで勝手に自分で「今日は柳のように疲れたな」などと使用していた。
 最近、あちこちのノートに書き散らしたメモを一括化しようと、同じサイズのメモ帳に転記していたら、いきなり「柳のように疲れて」との記述が見つかった。緒形拳主演のドラマ『百年の男』(1995)で使われた言葉だった。タイトルの「百年」は、主人公が子どもの頃、父親から鯉は百年生きると言われたことに由来する。
 緒形はガンの疑いがかかった商社マンで、海外勤務もしたことがあるエリート。それが、その日、「柳のように疲れて」一軒の理髪店の前で立ち止まる。発作的に入り、店のおやじと「ここで使ってもらえないかな」「やるかい? 理髪店」という会話があって、40過ぎで転職することになる。「柳のように疲れ」た男に、個人の技術で個人と対する理髪業がひどく魅力的に見えたのだろう。
 60になった今、彼は一人で理髪店をしている。倒れた時に面倒を見てもらい、死後は家を譲渡するという条件で、若夫婦が2階に住み込む。若い妻は清水美砂だ。脚本は池端いけはた俊策しゅんさく。     
 詳細は忘れたし、多少違っているかもしれないが、我がメモによればそんな内容の話であったと思う。おそらく余命はそんなに長くない男の孤独と、歩んできた人生が、「柳のように疲れて」という表現に集約されているように思えたのだ。

(写真とイラストは全て筆者撮影、作)

『これからはソファーに寝ころんで 』(春陽堂書店)岡崎武志・著
旅先で起こった出来事、日常のささやかな発見。人生の寄り道・迷い道で心に刻んだことを、著者自身のイラストや写真とともにエッセイでつづる。それは、思わず「自分も出かけたくなる」「追体験したくなる」小さな旅のガイドにも。
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この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。