ひとりでばーむくーへんいえでくう

「これはなんなの? って、まるい、電灯にひかるパンをてに、ぼくにきいてくる。あまいものだよ。でも、これはどっちなの? って。なんかそのとき、すごく、じぶんが置いてかれてるきがして。すごくこしあんとつぶあんを厳しく区別する女の子に出会ったことがあって。それだけずっと、ときどきおもいだしてる。風邪をひいて、激しくせきこんで、ふとんのなかで骨がわれるような音をきいて、熱の痛みに耐えてるときに、きゅうに、ふっと、そのことおもいだすんだ」

わたしはそのときひととむかいあって帝国ホテルのロビーに隣接するカフェにいて、とても高さのあるアフタヌーンティーのセットが運ばれてくる。糖蜜をかけて食べる白いくずもちや金平糖、抹茶のロールケーキ、にんじんを挟んだちっちゃなハンバーガー、胡麻のワッフルコーン、大納言のスコーン。向かい合ったひとがこれからいろんな甘い作業をしていくなかで、わたしは金魚鉢みたいな大きなグラスで、ミントティーを飲んでいる。ときどき、ミントの葉っぱだけとりだして、噛む。すごく、葉っぱばかりの口になっていく。

「おやつのおうさまみたいなものでしょ、アフタヌーンティーって。お菓子の圧がすごいよ。おやつの基地」「それより、あなたほんとにやせたの?」という。「むしろ、まるくなってるような、お菓子にそのからだ、寄ってるような」「お菓子にからだが寄っていってるって、なに?」「お菓子の方へ。ねえあなた、こんぺいとうたべたほうがいいよ。つよくすすめるよ、それ」

わたしは金平糖をくちにする。砂糖でできたとげとげがくちのなかで溶けていく。なんのぎもんももたずに、お菓子をぎっしり詰め込んだ塔みたいなのを前にしてわたしはひとと話してる。「あのね、約束された金色のペンもってきたから」
わたしはマーガレット・ハウエルの黒いシャツを着ている。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
 1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
 1981年、兵庫県生まれ イラストレーター