【第8回】日本のコンビニは凄すぎる

 日本各地に甚大な被害をもたらした巨大な台風19号は、フィリピンのタガログ語で「ハギビス」と命名されました。意味は「最悪の」とか「暴君」とかではなくて「素早い」だそうです。そんな名前なら、もっともっと素早く通り抜けて欲しかったですよね。名前負けしています、ほんと。
 最近、ネットのニュースで知ったのですが、台風の名称って「台風委員会」に加盟している14カ国が、あらかじめ140個もの名前を提出して、それを「リスト」にしているのだそうです。で、台風が発生するごとに、リストの上から順番に命名していくのだとか。ちなみに141個目の台風は、ふたたびリストの1番目に戻って命名されるので、つまり、数年ごとに同じ名前の台風が登場するという仕組みになっているわけです。
 さて、名前負け台風「ハギビス」が、ぼくの住む千葉県を完全に通過したのは、たまたま小説のなかで台風のシーンを執筆していた真夜中すぎのことでした。
 そして、朝の4時頃、ようやく原稿がひと段落したぼくは、ちょっくら「台風一過の散歩」をしてみようか、という気になり、ふらりと外に繰り出しました。
 4時といっても外はまだ真っ暗です。
 すうーっと吹いてくる風は、甘さを感じるほど澄み切っていて、思わず深呼吸をしてしまいました。
 足元にはゴミや葉っぱが散乱し、空を見上げると、遠いマンションの上にまんまるなお月様が浮かんでいます。
 驚いたのは、悪魔のような台風が通過したばかりにもかかわらず、ちらほらと人の姿があったことです。国道には(時折ですが)車が走っているし、道端をぶらぶら歩きながらスマートフォンをいじっている人の姿もあるのです。
 まだ真っ暗な朝の4時ですよ?
 この人たちは、いったい何をしている人なのだろう? と、自分のことを棚にあげて訝しんでいるぼくもきっと、不審な人だと思われていたのでしょうね。

朝4時のまるい月

 歩き慣れた道は、あちこちに大きな水たまりが出来ていました。
 そして、そのなかのひとつに、コンビニの看板の灯りが映り込んで、ゆらゆらと揺れていました。
 なんと、なんと、あの台風のなかでも開店していたのです。
 日本のコンビニ、すごすぎる──。
 感動というか、なかば呆れつつ、ぼくは店内に入っていきました。
 お客は、やっぱり、ぼく1人です。
 弁当や惣菜などの商品棚は空っぽでした。皆さん、備蓄のために買い溜めしたのでしょう。仕方なく、ぼくは缶コーヒーとカップラーメンを手にして、レジへ。
 レジには顔なじみの若い外国人の店員さんがいて、いつも通りの声で「いらっしゃいませ」と笑いかけてくれました。
「さすがに今夜は開いてないと思ったよ。お客さん、来た?」
 商品を手渡しながら訊ねると、彼はちょっぴり肩をすくめて微笑みました。
「うーん、少しだけ。ワタシもびっくりです」
 ちゃんと仕事をしに来ている君にもびっくりだけどね──、と内心で拍手をしながら、ぼくはコンビニを後にしました。
 静かな、静かな、夜明け前の、嵐のあと。
 やさしい月明かりと、南国みたいな甘い風。
 揺れる水たまりに注意して歩きながら、ぼくは思いました。
 あの猛烈な暴風雨のなか、コンビニを利用しなくてはならなかった人たちには、それなりの──というか、かなり強固な理由があったはずで、そして、その人たちにとって、このコンビニの小さな灯りと店員さんたちの笑顔は、きっとある種の「救い」だったのかも知れないな、と。
 いまだ復興が遠い被災地にも、どうか多くの「救い」がもたらされますように。そして、1日も早く、元どおりの落ち着いた生活が取り戻せますように。

水たまりに映るコンビニの灯り

(写真は全て筆者撮影)

この記事を書いた人
森沢 明夫(もりさわ・あきお)
1969年、千葉県生まれ。小説家。早稲田大学卒業。
吉永小百合主演で映画化された「虹の岬の喫茶店」をはじめ、有村架純主演の「夏美のホタル」、高倉健主演の「あなたへ」など、映画やドラマとして話題になったベストセラーが多い。また、エッセイ、絵本、作詞なども手掛けている。近刊には「エミリの小さな包丁」「かたつむりがやってくる」「水曜日の手紙」「雨上がりの川」などがある。