【第17回】


2020年が始まった
 2020年の年明けだ。この連載も2年目に突入する。今年もよろしくご愛読下さい。
 毎年思うことだが、この365日で一年が締めくくられ、新年に更新されるという決まりがあってよかった。12月31日と1月1日は、ほかの任意の2日と、とくに変わりはないはずだが、気持ちの持ちようが大いに変わる。とにかく、一度リセットされて、また1年、最初から始められるような気持ちになる。旧年の過ちやイヤなことも、一応忘れられる。ありがたいことだ。
 カレンダーもスケジュール帳も新しいものを使い始める。新しいものに、最初の一行を記すのも格別なことである。1990年3月に大阪から上京してきて、今年は31回目の春を迎える。もうすぐ、関西在住と東京(一時神奈川)在住がイーブンになる。3月28日には63歳に。日々是新たなり。

秋晴れの日曜日は銭湯へ
 秋深まる晴天の日曜の午後、急に思い立って銭湯へ出かける。私が住む国分寺市内でいうと、3キロほど離れた「孫の湯」、ここがいちばん近かった。いわゆる唐破風からはふ屋根の神社のような建築で堂々たる威風をはらっていたが、先年廃業し、今は解体されてしまった。映画『ALWAYS 続・3丁目の夕日』でロケ地として使われたほど、昭和な風呂屋だった。ここが使えないとなると、今度は隣りの市・立川市の北、東大和市の南街なんがいという町に「富士見湯(健康セントー)」があり、こちらへ行くしかない(同じ東大和市内に神明しんめい湯があり、踏破済み)。相当昔の話だろうが、かつて富士山が見えたことからのネーミングだ。まちがいない。
 自転車でぶらぶらと30分ぐらいか。行くのは初めてである。午後1時から営業、というのは早い。券売機でチケットを買い、番台に渡すスタイル。最初、番台へ直接行って、「券を買って」と指さされて、初めて気づいたのだ。私は銭湯マニアではなく、年に数回、気まぐれで入るので、細かな描写は避ける。広々とした湯舟で温まればそれでいいのだ。露店風呂つき。サウナやミルク色した薬湯(シルク湯と呼ぶ)もある。湯の温度は40度強でちょうどいい。
 体をさっと洗って屋外の露店風呂へ。細長の浅い湯舟に首まで浸かる。80年輩の御老人が「おお、寒い」と言いながら入ってきて、並んで浸かりながら少し言葉を交わす。昔からの富士見湯愛好者で、いまは閑散としているが、かつては混み合った時代もあったとか。親父さんが倒れて、今は息子さんが継いでがんばっている。ただ、人を雇わないとダメだな、とも。ほか、厳しい意見も聞いたが、ちょっと話せてよかった。
 いい気持ちでシルク湯にも入って、40分ほどで出る。テレビ、ソファーのある休憩室で、缶ビールを買って飲む。柿ピーの小袋がついてきて、ありがたい。ここでまったりして、酔いを充分醒ましてから帰ることにする。フリーゆえ、曜日はあまり関係ないんだが、いかにも日曜日らしいひと時であった。

中野重治が抱いた赤ん坊
 濡れたら、もうそのまま捨ててもいいや……ぐらいの覚悟で、ときどき風呂に浸かりながら古雑誌を読む。かならず発見があるのだ。そうして某夜、中央公論社(当時)の文芸雑誌『海』(1980年11月号)を拾い読む。富士正晴による吉川幸次郎追悼、島村利正による端正な女性小説「神田連雀町」、囲みコラム「文学こぼれ話」の川端康成が徳田秋声を大絶讃した話、池澤夏樹の『羊をめぐる冒険』評(批判あり)など、どれも面白い。ヒポクラテスの肖像が西洋医学の祖として聖者化されて、江戸期の蘭学者たちの間で床の間に肖像画を飾る風習があった(富士川英郎「依卜加得賛イポカルテ」)とは初耳である。
 一つだけ詳しく紹介する。この年、8月28日に亡くなった私小説作家・上林かんばやしあかつきの小さな追悼特集が組まれている。親交のあった尾崎一雄と川崎長太郎のシブい対談を読む。ここで、昭和24年の正月、下曽我の自宅で臥せっていた尾崎を、中野重治と上林暁が見舞いに訪れた話が披瀝されている。井伏鱒二は用事で来られなくなった。井伏と上林は分かるが、中野というのは意外。中野は「共産党員で、参議院議員をたしか当時やっていたと思うんですが、彼がまた上林君をとても好きなんだ」と尾崎。
 尾崎の家の近くに、太宰の愛人の太田静子が住んでいた。太宰は昭和23年6月に入水自殺し、その年の11月に女の子が生まれた。のちに作家となる太田治子である。中野、上林を連れて、尾崎は太田を訪ねた。「これが太宰治の赤ん坊だって言ってね、静子さんに二人を紹介したんだ。そしたら中野が赤ん坊を抱いてましたよ(笑)。上林君もニコニコしてね、そういうことがありました」。文学史の中では埋没しそうだが、そこに文学者たちがいたことを示す、なんだかいい話である。


スーベニールの書道セット

 がさごそと探し物をしていたら、いつ買ったものか、黒い小さな箱入りで書道セットが出てきた。箱の表に金色で日本航空と鶴のマーク。開けると筆、墨、硯、水差しがコンパクトに収まっている。説明書は英語で、どうやら、日本航空搭乗の外国人客向けに配られたスーベニールの類らしい。なるほど、日本へ来た外国人にとっては、自分ではお土産で買わない(思いつかない)日本的なるもので、使わないにしても長く保存したのではないか。私が買ったのは古本市。どういう経緯でこのようなものが、古本の市場に流れたかはわからないが、古本市では本以外にも、こけしや玩具、フィギュアや古道具類などもよく販売されている。古本を買うのに飽いたら、ちょっとこんなものを手に取ってみたくなるのである。ちなみに私も未使用。

早変わり11人
 『ベッジ・パードン』は、三谷幸喜作・演出による演劇。2011年に「世田谷パブリックシアター」で上演された。これをテレビで視聴する。ロンドン留学中の悩める夏目漱石を野村萬斎が演じる。ほか、大泉洋、深津絵里が出演。英会話に不安のある漱石役の野村と、堪能な大泉が対称的に描かれる。深津はきつい方言(タイトルはここに由来する)ありと、これは言葉の作品である。驚くべきは、浅野和之が早変わりで11の人物に扮すること。野村が、イギリス人がみんな同じ顔に見えると嘆息するシーンがギャグになるわけだ。部屋に入る時、靴を脱がせるこだわりも面白い。


柳沢慎吾のテレビ芸
 両手で顔の両側を押さえつけたような顔をした柳沢慎吾というタレントがいる。ずいぶん長くテレビで活躍している。代表作、で誰もが思い浮かべるのは『ふぞろいの林檎たち』(脚本・山田太一)の、騒がしくおっちょこちょいの西寺役ではないか。関川夏央は『坊っちゃん』の主人公を演じるのにふさわしいのは、じつは柳沢のような俳優ではないかと書いていた。
 柳沢慎吾の瞠目すべきは、青春時代の思い出や、共演した俳優たちのことを再現する語りの巧さである。擬音入りで、あのけたたましい喋りで、いかにもそうあったように人物や風景を現出することができる。これはもう爆笑必至。テレビの語り芸のいい見本であろう。青春時代の無名の友人たちの話でさえ、似ているなあ、と本人を知らないにもかかわらず納得させられる。
 『ふぞろいの林檎たち』でのエピソードも、すでにネタとして完成されていて、これは何度聞いても面白い。山田太一のものまね、というのもある。首をやや傾けて、笑みを浮かべ、前髪の先を4本の指で揃えるようになでつつ「あのう、台本通り喋っていただけますか」と優しい口調で言うのだ。ひっくり返って笑うしかないできばえ。観察が細かいなあ、と感心してしまうのだ。
(写真とイラストは全て筆者撮影、作)

『これからはソファーに寝ころんで 』(春陽堂書店)岡崎武志・著
旅先で起こった出来事、日常のささやかな発見。人生の寄り道・迷い道で心に刻んだことを、著者自身のイラストや写真とともにエッセイでつづる。それは、思わず「自分も出かけたくなる」「追体験したくなる」小さな旅のガイドにも。
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この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。