【第18回】


「小僧の神様」を歩く
 11月30日、「新潮講座」は志賀直哉「小僧の神様」を歩く。大正9年の作。志賀が「小説の神様」と呼ばれるようになったのは、このタイトルから。神田の秤店の小僧が、番頭たちが店内で「まぐろの鮨」の話をしているのに影響され、鍛冶橋まで市電でお使いに行くのにもらった往復の電車賃のうち、帰りは歩くことにして半分浮かせ、その代金で「鮨」をつまもうと考える。しかし……というストーリー。電車は外濠線。皇居の外濠に沿って運行した。おそらく小僧(仙吉)は、小川町から乗車した(先行論文に指摘あり)。

 講座では、新潮社別館で30分ほど「小僧の神様」と志賀直哉について生徒さんたち相手にレクチャーした後、地下鉄を乗り継ぎ、京橋からスタート。八重洲ブックセンター前で立ち止まり、日本初の巨大書店として1977年にオープンした時の興奮を伝える(初年は1000万人の客があった由)。東京駅の前(八重洲側)を通り、江戸城の石垣の遺跡(「ブラタモリ」で知った)を見て常盤橋へ。日銀本店の威容を眺め、対面の貨幣博物館(入場無料)を見学。入口で空港なみの厳重なセンサーによるボディチェックがあった。本物の小判などが展示してあるからか。一見の価値あり。
 夕なずむ日銀本店は荘厳ともいえる存在感だ。志賀直哉が命名した「じゃいち本店」という寿司屋へ。ここも表だけ見て福徳神社で休憩。もと料亭「百川ももかわ」のあった場所で、落語「百川」の話をする。田舎者で方言丸出しの百兵衛ひゃくべえが、料亭「百川」に奉公してすぐ、日本橋河岸の威勢のいい江戸っ子たちと珍妙なやりとりをする噺。抱腹絶倒である(柳家小三治の口演がいい)。コレド室町テラスに入っている台湾発の書店+雑貨+飲食のセレクトショップ「誠品生活」(台湾では24時間営業の店舗があるそうだ)を見学。私は疲れ、トイレへ行って、あとは座っていた。物見高く、買い物意欲満々の客が次々目の前を通り過ぎていく。あちこちで、こういう集客力のある店、イベントが増えてきた。私は苦手で、山から降りてきた修行僧のような気分になる。


 すっかり日の暮れたJR「神田」駅高架下がゴール。お一人だけ帰られたが、あとは恒例の打上げにみなさん参加。下見で目をつけておいた神田多町2丁目の居酒屋「鶴亀」へ。値段が安く、料理のおいしい名店なり。下見のとき、担当のMさんが見つけたのだが、ポイントは「店の規模に対して、厨房で働いている人の数が多い。こういう店はいいんです」。たしかに「いい店」だった。「ニラ卵」がおすすめ。いつもは、この後カラオケへ繰り出すのが「新潮講座」オカタケ散歩の常だが、この日は解散。いやあ、疲れました。
 

20年後の磯野家は?
 アニメ放送50周年として「サザエさん」が、天海あまみ祐希ゆうき主演でドラマ化。しかもサザエさん一家の20年後を描くという。題して「磯野家の人々~20年後のサザエさん~」を見る。これは楽しかった。天海サザエを始め、マスオに西島秀俊、カツオに濱田岳、ワカメに松岡茉優、フネに市毛良枝、波平に伊武雅刀という配役が、じつに何というかそれらしい。
 サザエの粗忽、おっちょこちょいは鳴りを潜め、舞台(宝塚)で育った天海の溌剌とした大きさを前面に出した演出が成されている。なにしろ商店街を歩くと、魚屋も八百屋も、いちいち店の外へ出てきて、サザエに声をかけるのだ。商店街がサザエの花道だ。
 マスオは中間管理職で面倒をすべて押し付けられ会社で右往左往、カツオは31歳になるのに何をやってもうまくいかず、今は洋食店でオムライスの研究に勤しむが、客はまったく来ない。来るのは花沢さんだけ。タラちゃんは就活中、というのもおかしい。

 磯野家の家族構成は、みな遠い親戚より詳しく知っているのが強み。説明ぬきで人物が動き出して、そのスピードに視聴者がついていける。「サザエさん」は過去に何度もドラマ化されていて、我々の世代では江利チエミ(サザエ)、川崎敬三(マスオ)、森川信(波平)、清川虹子(フネ)によるバージョンが印象深い。まずはベストの配役であろう。
「サザエさん」のドラマ化については、こんなのはどうか。石井ふく子プロデューサーで脚本を平岩弓枝。以下、配役は水前寺清子(サザエ)、石坂浩二(マスオ)、佐野浅夫(波平)、山岡久乃(フネ)。伊佐坂先生はもちろん伊志井寛。どうです。昭和40年代なら視聴率30%は取れる布陣ではあるまいか。

文学こぼれ話
 高円寺「西部古書会館」の即売展で、昭和40年代に各社から出版された文学全集の挟み込み月報の束(不揃い)を3つ買った。各100円だった。もうなるべく本は買うまいと思いつつ、ふらふらと寄って、慰めに本以外のこういうものを買うクセがついた。

 挟み込みだから1冊が薄く軽く、寝床でパラパラと読むのにちょうどいい。大阪に「本は人生のおやつです‼」という変わった店名の古本屋があるが、これなど、さしずめ「読書のおやつ」というべきか。たとえば集英社が1975年に出した「日本文学全集」月報『井伏鱒二集』に吉岡達夫が「約束」という題で一文を寄せている。
 具体的な中身は分からぬが、その頃吉岡は、不愉快なことに見舞われ、「拘泥し、酒を飲むと、そのことに憤慨した。なにか業にとりつかれたような慷概のしかたであった」という。それをたびたび酒席で聞かされた井伏は、自分の所持する観世音の立像(いつも机の引き出しに入れていた)を吉岡にくれた。「これを君にあげる。この仏像を拝んで、いやな事を忘れなさい。君は小説を書くことです」と言った。いい先輩なのである。
 ところが、仏像の御利益はなく、またしても吉岡は酔うと荒れて、不平不満を口にした。周りは迷惑である。ある晩も、井伏と酒を飲みながら同じことを繰り返した。すると「君、約束が守れないなら、仏像を返してもらおう」と厳しく言った。吉岡はいっぺんに酔いがさめ、反省したという。私もこんな先輩がほしい。
 壺井栄・芝木好子の巻に池田みち子が書いた「芝木さん、壺井さん」。中央線沿線に多くの女流作家が住み、それぞれの家に持ち回りで集まって、飲み食べる会があった。大田洋子、大原富枝、畔柳くろやなぎ二美ふみ、佐多稲子、芝木好子、壺井栄、森三千代などがメンバー。池田もその一人。池田はそこで壺井と知り合う。
 夫の壺井繁治しげじは左翼作家で刑務所に収監されたこともある。苦境の中、壺井栄は『二十四の瞳』が映画化されてベストセラーとなる。二人に子はなく、よその子を3人も引き取って育てていた。流行作家の彼女に、一族が精神的、経済的におぶさっていた。そんな中でも、壺井栄は、子どもの弁当を毎朝、自分で作った。
 壺井栄という作家に、それほど関心があるわけではないが、こういう話を聞くと、なんだか体温を感じるのである。
(写真とイラストは全て筆者撮影、作)

『これからはソファーに寝ころんで 』(春陽堂書店)岡崎武志・著
旅先で起こった出来事、日常のささやかな発見。人生の寄り道・迷い道で心に刻んだことを、著者自身のイラストや写真とともにエッセイでつづる。それは、思わず「自分も出かけたくなる」「追体験したくなる」小さな旅のガイドにも。
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この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。