第5回 乱歩講座-江戸川乱歩を読んでみる
「人間豹」明智と対決する怪人たち【前編】

江戸川乱歩研究者  落合 教幸

 江戸川乱歩の長篇小説には、特徴を持った怪しい人物が登場し、探偵などと対決するものが多い。今回はそうした怪人たちについて見ていきたい。
 しかしその前に、乱歩の作品全体を通しても、2人の人物の対決という構図が、数多く描かれていることにも留意しておきたい。
 例えば乱歩のデビュー作である「二銭銅貨」では、硬貨の中にあった暗号文を手掛かりとして、2人の男が推理をしていく。また、明智小五郎が初登場する短篇「D坂の殺人事件」で描かれるのは、探偵と犯人の対決ではなく、いわば2人の探偵役の推理対決といったものである。続いて明智がかかわる「心理試験」では、メンタルテストをすり抜けようとたくらむ犯罪者と、司法に協力する明智との対決が描かれる。そして「屋根裏の散歩者」では、同じ下宿の住人たちを屋根裏から覗き見る行為に楽しみを覚え、完全犯罪へと向かっていく男と、その知り合いである明智との、推理と騙し合いが展開されていく。
 このように乱歩は、長篇小説の時代に入る前にも、多くの小説で対決を描いていたのである。そのいくつかでは、名探偵の明智小五郎が登場し、特異な犯罪者と対決するという構造が、すでに使用されているのであった。
 乱歩は1926(大正15・昭和元)年から翌年にかけ、「一寸法師」の連載に取り組んでいる。明智小五郎の登場する最初の長篇小説である。新聞連載として多数の読者を意識したものでもあり、その後の長篇小説へとつながる要素もある。一寸法師も欲望に突き動かされた怪人、ということもできるのだが、結果的にこの長篇「一寸法師」は乱歩には納得のいく作品とはならなかった。
 この「一寸法師」のあと、約一年半の休筆を経て、中篇「陰獣」で復帰した乱歩は、月刊誌での長篇連載を始める。博文館の新雑誌で「孤島の鬼」を書き、続いて講談社の雑誌に「蜘蛛男」を書き始めた。
 乱歩が意識的に一般向けの娯楽的読み物として、長篇小説の連載を始めたのは、この「孤島の鬼」「蜘蛛男」を書いた1929(昭和4)年からだと考えられる。「蜘蛛男」からの、講談社の雑誌を中心とした長篇は、これ以降、乱歩の執筆活動の中心となっていったことは、第3回の明智小五郎についての回で解説した。
 乱歩はその作家活動で、しばしば休筆の期間を挟んでいる。その最初が、1927(昭和2)年であることは先に述べたが、1932(昭和7)年と1935(昭和10)年も短期間の休筆となった。今回取り上げる長篇「人間豹」は、その休筆と休筆に挟まれた時期の連載である。
休筆していた乱歩は、1933(昭和8)年末から、復帰作として「悪霊」を執筆したもののこれには失敗してしまう。同時期に連載していたのが「妖虫」、「黒蜥蜴くろとかげ」と「人間豹」だった。
 この3つの長篇は、乱歩自身も、また、おそらく多くの読者からも、同工異曲のように見られていたと思われる。しかし、読み物としての完成度は低くはなく、なかでも「黒蜥蜴」は後に三島由紀夫により戯曲化されて広く知られるようになる。
 これらを書いたのち、乱歩はまた休筆に入った。1935年には乱歩の活動は随筆・評論へと向かい、1936(昭和11)年からは少年物も始まることになる。
 これ以降の乱歩の長篇には、「悪魔の紋章」「地獄の道化師」「暗黒星」といった作品がある。これらも特異な犯罪者と明智との対決を描いたものだった。新たに吸収した海外探偵小説からの影響も多少は見ることができるのだが、一方で過激な探偵小説への検閲が厳しくなっていく時期でもあったので、やや控えめな印象もある。
 戦後の乱歩は、しばらくは小説を書かなかった。少年物をのぞくと、1955(昭和30)年前後のわずかの期間だけ、乱歩は小説を書いている。この時期の長篇で戦前の流れをくむのは「影男」である。恐喝などをなりわいとする影男の活躍が魅力的に描かれ、明智の存在が薄く感じられるほどだ。
 一方で同時期の連載である「化人幻戯けにんげんぎ」は、乱歩が新しい展開を目指して書いたものだった。しかし、その試みは充分に成功したとは言えず、そのためかどうか不明だが、乱歩の小説執筆への復帰は一時的なものになってしまう。ただ「化人幻戯」で明智と対決することになる犯人については、乱歩が力を入れて書いているのは読み取ることができる。
 この時期以降の乱歩は、少年物の執筆を続けながら、評論や雑誌の編集に力を注ぐことになるのだった。
 このように乱歩の作品を並べると、「人間豹」が書かれた1934(昭和9)年は、ある意味で乱歩長篇の中間地点と考えることも可能だ。
「蜘蛛男」から「魔術師」「黄金仮面」「吸血鬼」まで、1929年から1931(昭和6)年に書かれた長篇で、明智小五郎を中心として、警察との関係や小林少年などの体制も整っていった。その後、1935年に乱歩が評論へ向かってから先の長篇は、そこにどのような工夫を取り入れていくのかというのが、乱歩の課題になっていったと考えられる。
 そうした時期に挟まれた「人間豹」と「黒蜥蜴」は、すでに整っていた明智小五郎もののなかで、娯楽的な読み物として、いわば乱歩の発想をのびのびと展開させていった2作なのではないか。これは苦しんだ末に中絶となった、同じ時期の「悪霊」と裏表の関係にあるのだろう。

この記事を書いた人
落合教幸(おちあい・たかゆき)
1973年神奈川県生まれ。日本近代文学研究者。専門は日本の探偵小説。立教大学大学院在学中の2003年より江戸川乱歩旧蔵資料の整理、研究に携わり、2017年3月まで立教大学江戸川乱歩記念大衆文化研究センターの学術調査員を務める。春陽堂書店『江戸川乱歩文庫』全30巻の監修と解説を担当。共著書に『怪人 江戸川乱歩のコレクション』(新潮社 2017)、『江戸川乱歩 幻想と猟奇の世界』(春陽堂書店 2018)、『江戸川乱歩新世紀-越境する探偵小説』(ひつじ書房 2019)。