ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。
【連載24】
“ついで”のない街に“ついで”をつくりたい
平井の本棚(東京・平井)津守 恵子さん/越智 風花さん
東京の東に位置する江戸川区平井は、荒川と旧中川に挟まれた島の形をしたエリア。この街で生まれ育った津守恵子さんが実家をリノベーションして、2018年7月に「平井の本棚」をオープンさせました。会社に勤めながら店をはじめた津守さんを、たくさんの仲間たちがこれまで支えてきましたが、2019年夏からは古本屋を運営したことがあり、新刊書店での勤務経験もある越智風花さんがメインスタッフとして加わり、新たな風を吹き込んでいるようです。店主の津守さんと越智さんに、平井の街と「平井の本棚」の魅力を語っていただきましょう。
── 津守さんが生まれ育った平井という街はどんな街ですか?
津守恵子(以下、津守) 平井は、降りる“ついで”がない街なんです。TV番組「出没!アド街ック天国」が20年間取材に来なかった地味な場所です。私のこどものころは、駅から歩いて10分圏内に新刊書店が7軒、古本屋が2軒、貸本屋が1軒ありました。そのうちの1軒は「ひげの一鶴(いっかく)」と呼ばれた講談師・田辺一鶴が営む古本屋で、うず高く本が積まれた奥の帳場に長いあごひげのおじいちゃん、一鶴さんが座っていたのを覚えています。
越智風花(以下、越智) なぜか平井の人って、自分たちの街のことを自虐的に話しますよね。でも、言葉とは裏腹に、地元愛はとても強いんです。
── おふたりは、もともとお知り合いだったのですか?
津守 この店を本格的にオープンする前に、ここでひと月だけ古本市を開いたとき、お客さんとして来てくれました。その頃、越智さんは大学生ながら長野県松本市の浅間温泉で「おんせんブックス」(2019年5月閉店)という古本屋を営んでいたので、まさかそのときは東京、しかも平井に引っ越してくることになるとは、思ってもいませんでした。
紙の本って何だろう
── 越智さんが加わったことで、店はどう変わりましたか?
津守 以前は曜日ごとに店番が変わっていて、雑多で行き届かない感じで店の棚にもまとまりがありませんでした。いまでも試行錯誤ではあるのですが、棚が落ち着いてきたように思います。越智さんには、棚づくりや仕入れ、買取値付けなど、通常の書店業務はもちろん、広くアンテナをはってくれているので、一緒に相談しながらイベントを考えたりしています。4月に「紙の本の価値を考える(仮)」という対話型のイベントを企画しているのですが、越智さんが「面白い製本業者さんがいるんです」と教えてくれて、一緒に工場見学したことが発端ですね。
── お店にとって、越智さんの存在は頼もしいですね。
津守 ええ、本当に。うちは古本がほとんどで、新刊は1割ほど。越智さんは古本と新刊どちらも扱ったことがあるから、うちにとってはとてもありがたい存在で、「よくぞ平井に来てくれました!」という感じです。年は離れていますが、興味のある分野が重なるので、とても心強く感じています。
── お店ではどんな分野に力を入れているのでしょうか。
津守 「外国文学です」とか、「美術書と詩歌が専門です」とか言ってみたいのですが、街の本屋なのでそうも言い切れません。お客様が「この店だと合いそう」と自ら選書して本を持ってきてくださることもあります。江戸・東京本のような街に関する本、地図関係、心理・人類学関連などがあります。今後は、ふたりとも登山をやるので、山関係とか紀行本は増やしたいですね。
店の本の話からは少し外れるかもしれませんが、ふたりで店の特徴というか、関心領域をあらためて考えたときに、越智さんに「ケアですよ」と言われたんです。街の機能──特にケアという側面は、ふたり共通の関心事項だと思います。ご主人が亡くなったから古本を処分したい、というようなことが古本屋は多い。そうすると、自然と生前の話や看取りの話になったりするので、感慨深くお聞きしたりします。
平井駅は、誕生日を忘れられたおじいちゃんのよう
── 地図には、街の歴史や情報が詰まっていますよね。
津守 平井の小松川図書館で郷土史をテーマに講座を開くと、かなりの参加者があるそうです。街の方々が有志で戦前にどういうお店が有ったか聞き取りをして当時の街の地図を作ったりするなど、街の記憶を残したいという思いの強い人が多いのだと思います。
店を開いて、いろいろな方々とお話をすると、それぞれのお店や住んでいる方々が面白い活動をされていることが分かってきます。でも、いずれの人も「普通に自分の好きな事、やりたいことをやってるだけだから」と、そんなに自己顕示をしないんですね。そんな方の力を抜いた感じ、「まちづくり」とかで力まない、でも地元に愛着がとてもある感じも平井っぽいなあと思います。
店を開いて、いろいろな方々とお話をすると、それぞれのお店や住んでいる方々が面白い活動をされていることが分かってきます。でも、いずれの人も「普通に自分の好きな事、やりたいことをやってるだけだから」と、そんなに自己顕示をしないんですね。そんな方の力を抜いた感じ、「まちづくり」とかで力まない、でも地元に愛着がとてもある感じも平井っぽいなあと思います。
越智 「平井駅前の120年 地図&写真ワークショップ」を実施したときも、街の歴史について熱く語ってくれるおじいさんやおばあさんがたくさんいて、とても強い地元愛を感じました。キャサリン台風(1947年)やキティ台風(1949年)のときはこうだった、という体験談もとても興味深かったです。
津守 そうそう。そのワークショップは2つ隣のJR小岩駅が「祝開業120年」とイベントをやっているのに、平井駅は誰からもお祝いされず、誕生日を忘れられたおじいちゃんのようで……。それで平井駅前の変遷を小冊子にまとめて、発信したいなと考えています。
越智 大変ですが、いろいろな方に訪れてもらって仕事がどんどん広がっていくのは楽しいです。
2019年9月末には、宮城県の鳴子温泉郷で開催された湯治ウィークの期間中、「なるこ湯よみ文庫」に出張・常駐して、湯上りにおすすめの本を選んだという津守さんと越智さん。お店は平井駅北口を出て、高架下を左に進むとすぐのところ。ホームから見える白い看板が目印です。JR総武線を利用している人は、一度途中下車してみませんか?
平井の本棚 津守さんのおすすめ本
『江戸東京《奇想》徘徊記』種村季弘(すえひろ)著(朝日新聞社)
稀代の博覧強記、種村季弘が東京の裏町を散策する上質の江戸東京ガイド。軽みと洒脱・諧謔(かいぎゃく)、枯れた芸にしびれたことで江戸に興味を持ちはじめた学生時代に、江戸といまが地続きだと教えてくれたのは”徘徊老人”でした。街が姿を変えつつあるいまこそ、この本を手に丹念に街を歩くのはいかがでしょう。
稀代の博覧強記、種村季弘が東京の裏町を散策する上質の江戸東京ガイド。軽みと洒脱・諧謔(かいぎゃく)、枯れた芸にしびれたことで江戸に興味を持ちはじめた学生時代に、江戸といまが地続きだと教えてくれたのは”徘徊老人”でした。街が姿を変えつつあるいまこそ、この本を手に丹念に街を歩くのはいかがでしょう。
『匂いと香りの文学誌』真銅正宏著(春陽堂書店)
古今東西の文学作品を、「人の身体の匂い」や「香水と花の文化」といった10のテーマに沿って紹介する文学誌。読書は「目で文字を追う行為」と思いがちですが、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の記憶を総動員すれば、新たな気づきが得られること、そして文学は「匂いと香り」に満ちていることを気づかせてくれる1冊です。
古今東西の文学作品を、「人の身体の匂い」や「香水と花の文化」といった10のテーマに沿って紹介する文学誌。読書は「目で文字を追う行為」と思いがちですが、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚の記憶を総動員すれば、新たな気づきが得られること、そして文学は「匂いと香り」に満ちていることを気づかせてくれる1冊です。
プロフィール
津守 恵子(つもり・けいこ)
東京都生まれ。編集業の傍ら2018年7月に「平井の本棚」をオープン。地図/路上観察、温泉/銭湯等に紐づくまちの面白さやケア機能に関心あり。持続可能な本屋を目指し試行錯誤中。
1993年、愛媛県生まれ。信州大学の学生だった2016年4月に長野県松本市で古書店「おんせんブックス」をオープン(2019年5月閉店)。2019年6月、結婚を機に上京したのち、「平井の本棚」スタッフに。
写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋