ほほえんでつぎのたましいのばん

たまたまカフカの『城』をずっと読んでいた。こんな箇所がある。好きなかしょだ。職場のともだちに頼んで声に出して読んでもらったこともある。お願いして。

  「出ていくなんてできない」と、Kが言った。「ここにとどまるためにやって来た。だからここにいる」(カフカ『城』)

とてもいいことばだなあって思う。カフカってこんなに生きる力強さがあったっけ、とも思う。でもいいことばだ。職場のともだちは、声を、強く、弱く、しながら読んでくれた。なんでこんなことしなくちゃいけないの、という顔で。でもまあときどきはいっかというあきらめももって。

ジャニーズ事務所を退所した中居正広さんが「後悔する決断があってもいいんじゃないかなと。後悔を受け入れるというのも大事なんじゃないかなと思います」と言っていた。どういう経験を積んだらそんなことがふっと、ほんとうのじぶんのことばとして言えるようになるんだろう。中居さんが、じぶんの番がほんとうにきて、ほんとうのこころでいった、ほんとうのことばなんだろうなあ、というきがした。

中居さんやカフカのことばの力強さは、

 干からびた君が好きだよ連れて行く  竹井紫乙(『ひよこ』)

という句のたくましさにもつながってるとおもう。好きな句だ。どのことばも、なにがあっても、ここでわたしは生きていくのですということを表明している。ひとにつながることばって、そういうものかもしれない。いろんなことがあったけれど、今ここにいる。わたしは動かない。ここにいます。と言えること。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター