ネット通販の普及と活字離れの影響で、昔ながらの街の本屋さんが次々と姿を消しています。本を取り巻く環境が大きく変わりつつある今、注目されているのが新たな流れ“サードウェーブ”ともいえる「独立系書店」です。独自の視点や感性で、個性ある選書をする“新たな街の本屋さん”は、何を目指し、どのような店づくりをしているのでしょうか。


【連載25】
白樺派ゆかりの地に生まれた、古着の系譜につらなる本屋
North Lake Cafe & Books(千葉・我孫子)松田 拓巳さん

いまから100年ほど昔の大正時代、白樺派のやなぎ宗悦むねよし、志賀直哉、武者小路実篤、そして彼らと親交のあった陶芸家のバーナード・リーチなどが千葉県我孫子市に移り住み、手賀沼のほとりから数々の作品を世に送り出しました。白樺文学館や志賀直哉邸跡から歩いてすぐのところに「North Lake Cafe & Books(ノースレイクカフェ&ブックス)」がオープンしたのは、2014年12月のこと。散策やバードウォッチング、カヌーなどを楽しんだあとに一息つける場所として、味わい深い本とコーヒーを提供している店主の松田拓巳さんにお話をうかがいました。
古着屋で出合ったケルアックの『オン・ザ・ロード』
── 街中ではなく、手賀沼の近くで店を始めようと思ったのは、どうしてですか?

我孫子市民にとって、手賀沼は“心のよりどころ”。子どもの頃、手賀沼のそばに住んでいたこともあって、店を構えるなら繁華街ではなく、この辺りがいいなと思っていたんです。大学を途中でやめてからは、デザインや古着の仕事、設計事務所に勤めるなどしてきましたが、僕が50歳になったときに、もともと好きだった本とコーヒーの店を夫婦でやってみようと決意しました。カフェ部門はすべて妻(昌江さん)に一任して、僕は本と音楽を担当。コーヒーは、知り合いに紹介してもらって、宮崎県のCOFFEE ROASTER HAMASAKIさんに焙煎をお願いしています。
── さきほどいただきましたが、スッキリとした味わいで、とてもおいしいコーヒーでした。ところで、ここは白樺派ゆかりの土地ですし、やはり志賀直哉や武者小路実篤に特別な思い入れがあるのでしょうか。
実は、そうでもないんです。個人的に僕が影響を受けたのは、白樺派ではなくて、アメリカ文学のビートニク*。ジャック・ケルアックやアレン・ギンズバーグです。以前、上野の「ビートニクス」という古着屋で働いていたときに、当時のボスから「これを読んでみるといいよ」と渡されたのがケルアックの『オン・ザ・ロード』で、それからビート系の本を好んで読むようになりました。

── 古着とビートニクは、つながっているんですね。
そうなんです。古着、ビートニク、僕の場合はそれが本屋にまでつながりました。オープン当初はビートニクを中心に、海外文学に力を入れたいと思っていましたが、ほとんどが買い取りの古本なので、なかなか理想通りにはいきません。でも、そのおかげで埴谷はにや雄高ゆたかや吉本隆明などの硬派な本から貴重な写真集や画集まで、幅広いジャンルの本を扱うことになって、いまでは本との出合いを楽しんでいます。

新刊の扱いは1割ほどと限られていますが、やはり気になるのはビートニク系。ビートにはケルアックやウィリアム・バロウズなどの“ダメ男の系譜”と、ゲーリー・スナイダーのように“自然に行く系譜”に分かれますが、僕は両方好きですね。後者に属す山尾三省さんせいは、以前から古本で扱っていましたが、あるとき野草社から新刊本がたくさん出ていることを知り、うれしくなって『火を焚きなさい──山尾三省の詩のことば』など、ひととおり揃えてしまいました(笑)。
33人の選者による「ノースレイクの99冊」
── 一気に揃えた山尾三省の新刊は、その後売れましたか?
ありがたいことに、ビート系が好きなおじさんが一式買ってくれたんです。うちのお客さんは年齢層が高めで、平日来てくれるのはほとんどがおじさんです。土日は観光客が増えるので、少し若くなるかな。白樺派ゆかりの土地だからか、近所にはアーティストや大学教授、編集者がたくさん住んでいて、その人たちが本を持ってきてくれたり、買ってくれたりすることが多いです。

── ホームページに「99 books」、「ノースレイクの冬の99冊」という形でおすすめの本が掲載されていますね。
「新潮社の100冊」みたいなことをできたらいいなと始めたもので、33人に3冊ずつ選んでもらって99冊。元祖と同じ数にするのはおこがましいので、1冊減らしています(笑)。選書は幼なじみの磯崎憲一郎さんや、鳥が好きな古谷田奈月さんなど我孫子出身の作家さんをはじめ、さっきお話した山尾三省の本を一式買ってくれたお客さんや知り合いにもお願いしています。毎年夏にやっていましたが、2019年は忙しかったので冬になりました。2020年は夏にするか、冬になるのか、いまのところ未定です。

本棚をじっくり見てくれることが幸せ
── 「99冊」のほかにも、いろいろと企画されているようですが、一番思い出深いイベントは何ですか?
2019年の6月から7月にかけて実施した写真展「房総へ BOSO LANDSCAPE」かな。『房総カフェⅡ 美の遺伝子-我孫子・手賀沼-』という本の取材を受けたことで知り合った、暮ラシカルデザイン編集室・沼尻ぬまじり亙司こうじさんの写真と文の展示です。千葉特産の落花生と鯨をメインテーマにしつつ、伊藤国平商店のピーナツペーストや木更津のクラフトビール「ソングバードビール」など、彼の本で紹介されたものもいくつか取り寄せました。写真展のあと、千葉は台風(15号、19号)の直撃を受けてしまったこともあり、そういう意味でも忘れられないイベントです。

次の企画はまだ構想段階ですが、手賀沼にまつわる作品を公募して「手賀沼展」をやってみたいなと思っています。それぞれが独自の視点で切りとった手賀沼を集めることで、新しい手賀沼を発見できるのではないかと考えているところ。この店では自分たちがイベントを主催するだけでなく、持ち込み企画の大人のためのサイエンスカフェ、それにアーティストの発信の場として使ってもらうこともあるので、イベントを開くたびに人の輪が広がっています。
── ここは、人が集まるサロンのようですね。
文学の街といわれる我孫子から、いつの間にか “街の本屋”がなくなっていました。街の本屋としての役割を、うちがどれだけ担えているかはわかりませんが、わざわざ足を運んでくれる人にとって、居心地のよい空間でありたいとはいつも考えています。本棚を1段ずつじっくり見ている人、コーヒーをおいしそうに飲んでいる人を目にするたびに、僕らは幸せを感じています。ここは昔ながらの本屋ではないけれど、手賀沼のように、我孫子の人の“心のよりどころ”になれたらうれしいです。

我孫子高校の通学路にある店なのに、これまで高校生が立ち寄ることはほとんどなかったそうです。それが最近になって、ひとりの男の子が常連になりつつあるのだとか。本や古いレコードから何かを感じとろうと通いはじめた少年のことを、うれしそうに話す松田さんと奥さんの昌江さん。この店に人が引き寄せられるのは、置いてある本やこだわりのコーヒーもさることながら、ご夫婦の人柄によるところが大きいようです。
*ビートニク(ビート・ジェネレーション)
1950年代にアメリカで活動していた作家たちの生きざまや思想・哲学と、その影響下の文化全般を指す。ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズといった作家たちは、1950年代に社会の通念に異を唱え、個人の自由な生き方を模索した。彼らの文学活動は、のちのヒッピー文化に多大な影響を与えた。


North Lake Cafe & Books 松田さんのおすすめ本
『窓辺のこと』石田せん 著(港の人)
石田さんが50歳になった年に発表した作品を1冊にまとめたエッセイ集。どんなに忙しくても、この本を手に取り一編を読むと、“Stay calm(冷静になれ)”と言われているようで、とたんに時間の流れが緩むように感じます。ご両親について描かれた「朝」は、自分の両親のことを思い出して、ほろりときました。
『泥酔文学読本』七北数人 著(春陽堂書店)
立派な作家だと思っていた人がダメ男の側面を持っていたり、ダメだろうなと思っていた人が想像以上にダメだったり……。酒にまつわる文学作品や作家のエピソードを紹介したこの本を、いま自信を失っている持てない人が読んだら、「世の中には、こんなにダメな人がいる」と、ほんの少し前向きになれるかもしれません。

North Lake Cafe & Books
住所:270-1153 千葉県我孫子市緑2-11-48
TEL:04-7199-3251
営業時間:11:00~18:00(月曜は16:00まで)
定休日:毎週火曜、金曜
https://northlakecafeandbooks.com


プロフィール
松田 拓巳(まつだ・たくみ)
1965年、千葉県生まれ。大学を中退後、デザイン事務所勤務を経て、古着の世界へ。中古衣料輸入販売業として独立後は輸入卸のかたわら、オリジナルTシャツなどの製作も行う。その後、設計事務所に勤めるも、50歳で「North Lake Cafe & Books」をオープン。自身は書店部門、カフェ部門は妻・昌江さんが担当し、夫婦二人三脚で営んでいる。


写真 / 隈部周作
取材・文 / 山本千尋
この記事を書いた人
春陽堂書店編集部
「もっと知的に もっと自由に」をコンセプトに、
春陽堂書店ならではの視点で情報を発信してまいります。