【第23回】


避けられない運命との闘い
 トマス・H・クック『キャサリン・カーの終わりなき旅』(早川書房)は、いつ読んだのだったか。メモ帳に私の記述が残されている。傷心の記者と早老病の少女(12歳)が、素人探偵となって、失踪した女性を探す。「傷心」というのは、かつて旅行作家だったジョージは、「雨がひどかったら迎えに来てくれる?」と息子に言われ、迎えに行くと約束しながら時間に間に合わず、息子は何者かに連れ去られてしまう。そして死体で発見されるのだ。
 そのことをずっと後悔し、負い目を抱いて生きている。
 私が小説を読んでメモするのは、こうした梗概こうがいと、ちょっとした細部だ。たとえば、こんな箇所。ジョージの記者仲間であるチャーリーの書く記事は、編集長の評価が低い。それを「おれの記事はいつもなにかが足りないんだ」と言う。「私」すなわちジョージは、彼の原稿に足りないものを知っていた。
「血の通ったストーリーだ。筆致ににじみ出る生真面目さ、言いまわしに表われる真剣味、そういう読者を引きつけるものすべてが欠けている」
 これは新聞記事を書く際の要諦。私が書くのはもっぱら書評が中心だが、やっぱり同じことが言えるし、そうしたいとつねに考えて書いている。書評であっても、ストーリーが必要だ。小説を書評する場合の、作品におけるストーリーではない。エッセイや評論の書評であっても、読者に訴えかけるためのなにがしかの流れが必要、という意味である。書評は、取り上げる本に従属する奴隷ではない。それ自体、一個の読みものとして私は捉えている。独立して、その文章を読んで満足感や快感がなければならない。
 400字でも800字でも、やることは変わりなくて、全体を4分割して流れを作っていく。わかりやすい説明で言えば「起承転結」になろうが、そう割り切った話でもない。ここはちょっと微妙な話である。毎回、取り上げる本によって、方法論が違ってくるのだ。だから、これまで書評を書いてきた経験はもちろん生かすし、それがないとお手上げではあるが、基本はゼロから原稿に向かい、書き始める。書き始めたら、自分の書いた文章に引っ張られて、思っていなかった展開になることもある。それは困ったことではなくて、流れにまかせてしまう。けっこうそれでうまくいくケースが多い。
『キャサリン・カー』に話を戻せば、ここも線を引いて抜き出した。ジョージが亡くなった父に、かつて「一番苦労したことってなんだい、父さん?」と聞いたことがある。父の答えに心をえぐられた。こう言ったのだ。
「避けられない運命との闘いだ」
 まったく人の一生の道程は穴ぼこだらけで、見えていればいいが突然足を取られる、あるいは落っこちて傷を負う。あるいは、偶然うまく回避できることもある。つらく悲しいこともあるが、それも人生の一部だと受け止め「うま味」とも考えて、やりくりしていくしかないのだ。

呼び捨てにしてもいいのか
 長年、少し不思議に思っていたことがある。戦後に活動期が始まった「第三の新人」と呼ばれる文学グループについてだ。私が高校時代、最初に触れた現代文学でもあった。とくに庄野潤三は、生涯でこの一人と言える敬愛する作家だった。生年を含め、代表的なメンバーを並べると以下の通り。
小島信夫(1915)、小沼おぬまたん(1918)、阿川弘之(1920)、庄野潤三(1921)、安岡章太郎(1920)、遠藤周作(1923)、吉行淳之介(1924)、三浦朱門しゅもん(1926)
 場合によっては島尾敏雄(1917)などを含めることもあるが、島尾は戦後派の方に数えられたりもする。「第三の新人」と括られていても、小島と三浦では11歳もの歳の開きがある。にも関わらず、彼らはみな仲間内で互いを「さん」「くん」付けせず、姓を呼び捨てにしていた。吉行は4歳年上の安岡を「おい、安岡」と呼んだ。通常のサラリーマン社会では考えにくい習慣ではないだろうか。
 1歳の差なら、たとえば私は早生まれ(3月)なので、ひとつ歳上の連中と多く同じ学年になり、その場合はみな呼び捨てにしていた。高校1年の時、同じクラスにいた山本善行(京都「古書善行堂」店主)は、いまだに付き合いがあって「山本」もしくは「善行」と呼ぶ。「第三の新人」たちにも、同じ時期に前後して作家活動が始まり、一緒に顔を合わせることが多かったので、「同級生」という気分があったか。
 この件について、おもしろいものを読んだ。「現代詩手帖」(2017年6月号)の「追悼特集 大岡信」に、中村稔+菅野かんの昭正あきまさ+三浦雅士まさしの座談会がある。そこで、こんなことが語られているのだ。3人のうち、中村は昭和19年に旧制高校へ進学した組。戦後に新制に切り替わる訳だが、旧制高校には独自の文化と伝統があった、という話になる。そこで三浦がこう言うのだ。ちなみに三浦雅士は1946年生まれで「新制」組。
「旧制高校の伝統ということで言うと、ぼくの体験したかぎりでは、旧制高校に行った人たちは、友人と認めた人を、多少年齢が上だろうが下だろうが、ぜんぶ呼び捨てなんですね。大岡さんは粟津あわづ則雄のりおさんのことを『粟津』って呼ぶでしょう。川村二郎さんが呼び捨てにすごく反発したことがあって、『粟津は初めて会ったのにおれのことを呼び捨てにした』って怒ったことがあった。川村さんは八高でしょう」
 補注をしておくと、ここに出る名前の生年は、大岡信が1931年、粟津則雄が1927年、川村二郎(同姓同名の元朝日新聞記者あり)が1928年である。だから、上下関係で言えば、粟津が1つ年下の川村を「呼び捨て」にしたことはおかしくなかった。川村も旧制高校の出であったが、「初めて会ったのに」という部分で「呼び捨て」に引っかかった。難しいものだなあ、この問題は。菅野によれば、「粟津の対人関係は特別ですね。彼は三高でしょう。安東次男さんは十歳近く先輩になると思いますが、『安東』と言いますから」。実際は粟津と安東(1919)は8歳違い。安東も旧制三高の卒業生だった。同窓の意識が働いたか。それとも、「粟津の対人関係は特別」だったのか。このあたりは分からない。
 この問題はしばらく座談会で引っ張られて、中村(一高から東大法学部)は「一高の場合は、ぼくは寮に入ったときに、この部屋では上級生でもさん付けしないから、呼び捨てにしてくれ、ということを上級生から言われた」と証言。すると菅野も「ぼくも高等学校ではそうでしたよ。敬称なしでやろうと言われた。なぜかと説明があって、エガリテ(平等)だ! なんて一喝されてね(笑)」と補足する。そして、冒頭で触れた「第三の新人」における互いの「呼び捨て」について言及されるのだ。

ヒッチコック「海外特派員」
 ヒッチコックの映画と言えば、日曜洋画劇場で見たことを思い出す。淀川長治よどがわながはるのトレードマークとなった「怖いですねえ、怖いですねえ」は、あれはいつも言っていたわけではないが、ヒッチコックを放映していた時には、必ず言っていたような気がする。「レベッカ」「鳥」など、実際怖かった。
 第二次世界大戦の直前、一触即発の危機をはらむヨーロッパが舞台。アメリカの新聞社社主は、この危機をビビットに伝えたいが、先に送った記者は役立たず。そこで若き記者ジョニー・ジョーンズを海外特派員に任命した。警官を殴って閑職(デスクに靴を投げ出し、紙切りをして遊んでいる)にあったが、その「警官を殴って」という向こう見ずを社主は気に入ったのである。そしてロンドンへ。かぶっていこうとした山高帽を子どもがいたずらして隠し、 以後「帽子」がさまざまな場面でネタとして登場。直接、プロットに関係するわけではないが、いかにもヒッチコックのタッチ。
 と、こんなふうにあらすじを追っていくと長くなる。ロンドンの傘の列を縫って逃げる犯人、オランダの大風車内でのサスペンス、富豪の娘との恋の駆け引きなど見どころはたくさん。しかし、なんといっても本作最大の見どころはラスト近く。主人公とヒロインを乗せた旅客機が海面に墜落するシーンであろう。操縦席の前面窓ガラスに海面がどんどん近づいてきて、ガラスが割れ、一気に海水が流れ込んでくる。乗客たちはアップアップして本当におぼれそう。CGが使えない時代、このシーンはいったいどんなテクニックで撮られたか。蓮實はすみ重彦しげひこ・山田宏一『傷だらけの映画史』(中公文庫)の「海外特派員」を取り上げた章で、くわしく解説されていますよ。ちょっと、写真見せてください。この本ですね。はい、ありがとうございました。

 簡単に言えば、大きな水槽で海を作り、そこにスクリーンプロセスを重ねる。飛行機の操縦席の前に紙を貼り、そこでスクリーンプロセスで機体と海の衝突シーンを作り、水槽に激突させる。紙が破れ、本物の水が機体内に流れ込む。魔術師のごときテクニックだ。主人公の男女が無名俳優で、魅力に欠けることなど、このヒッチコック・テクニックで吹き飛んでしまうわけです。さあ、ご覧なさい。それではサヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

(写真とイラストは全て筆者撮影、作)
《『Web新小説』開催イベントのお知らせ》
岡崎武志さんと行く 春爛漫の早稲田界隈~漱石&春樹散歩
※新型コロナウイルス感染症の拡大防止に係り、4月11日開催予定のイベントは延期となりました。
詳細はこちらをご覧ください。

・日時: 2020年4月11日(土)
・時間: 13時30分スタート/12時30分受付開始(16時ごろ文京区胸突坂周辺で解散予定)
・集合場所: 新宿区立漱石山房記念館(新宿区早稲田南町7)
・参加チケット: 『Web新小説』会員…3300円/一般…4400円
※税込み。漱石山房記念館観覧料を含む
・募集人員: 25名程度
大人気の書評家岡崎武志さんと一緒に、早稲田界隈を巡る文学散歩にでかけませんか? テーマは明治時代の文芸雑誌『新小説』で活躍した夏目漱石と、早稲田にゆかりの村上春樹。講師ならではのわかりやすい文学解説が聞けること請け合い。『Web新小説』の会員になると、お得な会員価格で参加できます。
『明日咲く言葉の種をまこう──心を耕す名言100』(春陽堂書店)岡崎武志・著
編集者、ライター経験を経て、書評家、コラムニストとして活躍する岡崎武志。 小説、エッセイ、詩、漫画、映画、ドラマ、墓碑銘に至るまで、自らが書き留めた、とっておきの名言、名ゼリフを選りすぐって読者にお届け。「名言」の背景やエピソードから著者の経験も垣間見え、オカタケエッセイとしても、読書や芸術鑑賞の案内としても楽しめる1冊。
この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。