テレポーテーションあんたのすきなやつ

「フォークで卵をつぶしてもいいよね?」「うん、いいよ」

電話をしていたとき、わたしは、「マスクなしで、みんな楽しくおしゃべりしたり、恋にもめたり、宇宙人の侵略から大事なひとを守ったりしてる。荒々しい強盗もマスクはかけていない。かけるひつようがない。わたしたちの世界ってどこの世界だったんだろうね」と聞いた。聞いてるあいだ、あちこちチャンネルを変えた。料理番組では、青じそを挟んだ玉子のサンドイッチの作り方をしていた。

「アクセントのことをいつもかんがえているんですよ」とフォークで玉子を潰しながら女のひとが言った。「すこし、ちがうだけでいいんですから。ほんとうにすこし」

これ、あんたのすきなやつだよね、と言ってくるゆうじんがいる。このことばとか、このことばとか。ああそうそう、とわたしは言う。そうかもね、と。そのひととはときどきニュースについての話をする。きついニュースや考えさせられたニュースのことを。でも生きなくちゃならんよね、とわかりきったことをくちにしあう。わたしはたまに話しきらずに話を終えてしまうこともある。でも、そうやって電話を切る。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター