春になってもくまはおなじぺーじばっかよんでんのね

レイモンド・カーヴァーについてのインタビュー集『私たちがレイモンド・カーヴァーについて語ること』をくりかえし読んでいたが、ひとつなかでも、くりかえしくりかえし読んだところがある。カーヴァーがやってきて、熊のようにハグしてくれて、いいかあきらめるんじゃないぞ、といって、おんぼろの車に乗って去っていく。この、いいかあきらめるんじゃないぞ、はカーヴァーの小説にもわたるシンプルな祈りのテーマかもしれない。でも、テーマなんてどうでもいい。いいかあきらめるんじゃないぞ。このことばだけ、いつかの夜のひとりのときのテーブルのためにおぼえておこうとおもう。

なにを書いたらいいのかな、ってきいたときに、くまとハグの話はどう? って春にいわれたことがある。春はあたたかい風がふいているので、コートを脱いで、靴を脱いで、芝生を裸足であるいているひとがいた。くまとハグってぜんぶあたたかそう、とわたしはおもった。でもぜんぜんなんにも思い浮かばなかった。ゆでたまごをむいて、くさはらにそのまますわってたべているひとがいた。わたしはすこしきもちよさでぼんやりしていて、かなしいおもいでもわすれていた。くまってすきだな、とわたしはいった。わたしはきらい。春にもわたしはいるのかな。と春にいつもわたしはおもう。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター