【第17回】木のおじいさん

 あれはもう15年以上も前になるかな?
 ぼくがまだフリーライターだった頃のことです。
 京都大学の名誉教授で、世界的な「脳」の権威といわれる某先生のご自宅にお邪魔して、夕食をご馳走になったのですが、そこでちょっと面白いことを教えて頂きました。
 先生曰く、人間は、生まれてから3歳くらいまでのあいだに「自然」とたくさん触れ合わせるといいよ。そうすることで、その後の脳の発育がとてもよくなるから。
 とのことでした。
 当時のぼくには幼い娘(2歳くらいだったかな?)がいたので、「これはいいことを聞いたぞ」とばかり、先生の教えどおり娘を連れてよく散歩をするようになりました。
 なるべく自然が残されたところへとベビーカーを押していき、草地や森で自由に遊ばせ、砂や土、泥んこにもまみれさせ、ミミズ、カエル、昆虫、ダンゴムシ、トカゲ、蛇などを一緒につかまえては存分に触らせました。ときにはカブトムシの幼虫を土中から掘り出して持ち帰っては、成虫にかえらせたりもしました。
 もともとぼくが「自然児」というか「野生児」というか、そういうタイプの人間なので、子供に自然遊びをさせるにはもってこいのパパだったのだと思います。
 すると娘は、予想通り、男の子よりたくましい「生き物大好き少女」へと育っていき、同時に、自然に対する感性もずいぶんと磨かれたようでした。
 ある日のこと、森で遊んでいるときに風が吹くと、娘は頭上を見上げてにっこり笑いました。
「ねえ、パパ、風さんと葉っぱさんがお話してるよ」
 無数の枝葉がさらさらと奏でる葉擦れの音を聞いて、2歳の子供がそんな表現をするのです。そういうときは物書きのぼくもさすがに舌を巻いたものです。
 娘との自然散歩には、手軽なお気に入りのコースがありました。
 近所の神社と裏山で遊ぶコースです。
 そこには樹齢(おそらく)数百年の巨木がそびえています。いわゆる鎮守の森の御神木というやつです。
 そして、その巨木のことを娘は「木のおじいさん」と呼んで、いつも親しげに木肌を撫でたり、抱きついたり、ときには耳を押しあてたりしていました。
「何か聞こえるの?」
 ぼくが訊ねると、娘は首を横に振ります。
「ううん。聞こえない。でも、聞こえる感じはするの」
 そう言われると、ついついぼくも木肌に耳を押し付けてしまうのですが、やっぱり何も聞こえません。でも、ひんやりとした木肌の質感と、その奥の方に感じるかすかなぬくもりは、大人のぼくでも「なんだか、いいなぁ」と思ったものでした。
 さて、つい先日、散歩のついでに会ってきました。
 鎮守の森の、木のおじいさんに。
 成長した娘と一緒ではなく、ぼくひとりで。
 木のおじいさんは、相変わらず威風堂々とそびえ立っていましたが、当時と比べると、いくらか樹勢が衰えてきたようにも見えます。とはいえ、まだまだ巨木のオーラを放っていますけれど。
 ぼくは太い幹に寄り添って、その存在感を全身で味わいながら樹上を見上げました。

葉を落とした木のおじいさん

 ぼくの網膜に映った、ずっと、ずっと、変わらない景色。
 記憶の奥の方でさーっと吹き渡る、あの頃の風。
 思わず、ひんやりとした木肌に耳を押しあててみました。でも、やっぱり何も聞こえませんでした。
「だよね……」
 胸裏でつぶやいたぼくは、ひとりニンマリと笑うと、木肌をひと撫でして、ふたたび歩き出しました。
(写真は全て筆者撮影)

この記事を書いた人
森沢 明夫(もりさわ・あきお)
1969年、千葉県生まれ。小説家。早稲田大学卒業。
吉永小百合主演で映画化された「虹の岬の喫茶店」をはじめ、有村架純主演の「夏美のホタル」、高倉健主演の「あなたへ」など、映画やドラマとして話題になったベストセラーが多い。また、エッセイ、絵本、作詞なども手掛けている。近刊には「エミリの小さな包丁」「かたつむりがやってくる」「水曜日の手紙」「雨上がりの川」などがある。