【第18回】房総最南端の岬には、思い出がいっぱい

 少し前のことですが、1泊2日の合宿形式で、文章講座の講師をやらせていただきました。
 せっかくの「合宿」ですから、宿泊する場所は風光明媚なところがいいね、ということになり、ぼくは房総半島の最南端に位置する野島のじまざき(のすぐそばのホテル)を主催者に紹介しました。
 ちなみにこの野島崎は、国定公園に指定されているほどの景勝地なので、チャンスがあったらぜひ訪れてみて欲しいです。

ホテルの窓から望む野島崎

 さて、合宿初日の午後から講座をスタートさせたぼくは、翌朝、ホテルの目の前に広がる岬の遊歩道へと繰り出しました。ひとりではなく、今回の講座を主催してくれた母娘を案内しながらの散歩です。
 見上げた空は、叫び出したくなるような快晴。
 しかし、台風ばりの「爆風」が吹いていました。
 焦げ茶色の岩場にドカーンと打ち付ける荒波を眺めながらの散歩は、なかなかの迫力を味わえましたが、これが写真に撮ってみると、あまり伝わらないのが、やや残念ではあります。
 美しい岬の真ん中にそびえるのは、全国で16箇所しかない「登れる灯台」のひとつ、野島埼灯台の白亜。そして、その白亜の麓で強風になびく七本の椰子の木を眺めながら、ぼくは懐かしさのあまり、ため息をつきました。

野島埼灯台。なぜか「埼」という字を使うのが正解

 というのも──、
 その椰子の木が立ち並ぶ芝生の広場には、ちょっと古ぼけた東屋があるのですが、高校時代のぼくは、ときどき学校をさぼっては、オートバイで3時間もかけてここにやって来て、東屋のベンチで本を読んだり昼寝をしたりして過ごしたからです。

椰子の木と灯台。奥の椰子の木の根元付近に東屋がある

 やがて、それが大学生の夏休みになると、阿呆な仲間たちと夜中に車でやってきては、同じ東屋でわいわい酒盛りをしていました。
 いい感じに酔っ払ったら、ギターを弾きながらみんなで陽気に歌いまくり、そして、まばゆい朝日が登ると海パン一丁になって海に飛び込み、そのまま日暮れまで遊んでいたのです。
で、それからずいぶんと時が流れて、ぼくが小説家になると、今度はこの地を小説の舞台として描きました。『水曜日の手紙』という作品のなかで、主人公のカップルが、岬の遊歩道を散歩したり、灯台をスケッチしたりするという設定です。

遊歩道。昔は未舗装だった

 そういえば、ぼくが生まれてはじめてシュノーケリングをして、海のなかの純美な世界を知ったのも、この岬の海でした。あれは、たしか、小学3年生のことだったかな?
 とにかく、そのとき以来、ぼくは、水のなかに広がっている生態系の面白さにハマってしまい、日本全国の海と川に潜りまくるという、ちょっと風変わりな放浪者となり、そして紆余曲折を経ていまに至る……という感じなのです。

この辺りでよく潜って遊んでいた

 あらためてこの原稿を書いていて気づいたのですが、野島崎という地は、まさにぼくの血肉となった特別な場所とも言えそうです。そんな思い入れたっぷりな岬の遊歩道を、ぼくは、ゆっくり、ゆっくり、歩いたのでした。在りし日の自分と仲間たちの姿を、目の前の風景と重ねながら。
 味わい深い散歩です。
 それにしても「懐かしい」という感情は不思議ですね。
 顔は自然と微笑んでいるのに、心のなかでは切ないような痛みを味わっているのですから。
 猛烈な潮風に飛ばされそうになりながら、ぼくは決めました。
 夏になったら、久しぶりにオートバイで来よう。
 そして、あの東屋で昼寝をしよう、と。
(写真は全て筆者撮影)

この記事を書いた人
森沢 明夫(もりさわ・あきお)
1969年、千葉県生まれ。小説家。早稲田大学卒業。
吉永小百合主演で映画化された「虹の岬の喫茶店」をはじめ、有村架純主演の「夏美のホタル」、高倉健主演の「あなたへ」など、映画やドラマとして話題になったベストセラーが多い。また、エッセイ、絵本、作詞なども手掛けている。近刊には「エミリの小さな包丁」「かたつむりがやってくる」「水曜日の手紙」「雨上がりの川」などがある。