花かんむりと忘れてたむかしのちから

シェアサイクルのまっ赤な電動自転車にのった。

少しペダルをふみだすと、こどものころ自転車のれんしゅうのときお父さんが後ろからぐーっと押してくれるみたいにいっきに加速しはじめる。わたしのちからじゃないものがこの世界にやってくるのがすごくよくわかって、なんだか泣きそうになった。忘れてたむかしのちから。

目黒から恵比寿、広尾の有栖川記念公園の横を抜けて、麻布十番、六本木から永田町、神保町のほうに出る。日本武道館のちかく、むかしなかのよかったことあるいたところにシロツメクサが群れ咲いていて、家族全員がしゃがんで花を摘んでいた。もしゾンビが徘徊するような日がきても、誰かは、ここで、誰かと、こうしてるんじゃないかなとしばらく見ていた。ずっとこういうものがつづく。花かんむりとかお陽さまとか。

皇居のお濠のちかくを走っていたとき、じぶんはもう十年ちかく自転車にふれてもなくて、それはどこか愛にかんすることかもしれなくて、自転車ではしるひがくるなんてぜんぜんおもってもなかったから、ゆめのなかみたいと思った。ゆめのなかで自転車をかりて、のって、泣きそうになったのは嘘で、花とクローバーをみて、またゆめのなかで自転車をかえす。ぜんぶひとりでやったことだから誰もきょうのことを伝えない。夢。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター