【第20回】武士の情けをかけたのに

 小説を書いていると、しばしばそのシーンにふさわしい表現が思い浮かばなくて、うっかり「言葉探しの迷宮」にハマってしまうことがあります。
 先日も、不本意ながら、その迷宮のなかをうろうろと徘徊していたのですが、しかし、そこで偶然にも、味わい深い日本語と出会うことができたのです(探していた単語じゃないんですけどね)。
 雨夜の月(あまよのつき)
 が、それです。
 決して見ることのできない、雨の夜の月を言い表す言葉なのですが、これが転じると、「存在しているのに見えないもの」の例えとして使われるのだそうです。
 日本語って、つくづく詩情豊かで美しいですよね。
 いつかぼくの小説のなかで使いたいものです。
 さて、ある日の夕暮れ前のこと。
 ぼくは駅前に用事があって、ぶらぶらと人の少ない裏道を歩いていました。
 空はよく晴れていたのですが、お日様がすでに傾きはじめていたので、頭上に広がるのは「まぶしくないブルー」。そして、そのブルーのなかに、ふわふわと頼りない感じで「昼の月」が浮かんでいました。
 この「昼の月」は読んで字のごとく、昼間に薄く見えている月のことを言い表しますが、これも転じるとちょっと素敵で、「見えているけれど、存在感が薄いもの」の例えとなるそうです。

まぶしくない青空と昼の月

 ぼくは、そんな「昼の月」を眺めながら、ひとけのない路をてくてく歩いていたのですが、とある小さなT字路を曲がったとき、少し先に若い女性の後ろ姿があることに気づきました。
 そこは、ちょっと薄暗くて、細い道。
 歩いているのは、ぼくとその女性だけ。
 しかも、その女性、ひとけがないことに気が緩んでいたのでしょう、わりと大きめな声で歌を唄っていたのでした。
 いい曲だね。誰の歌かな──、なんて思いつつ、ぼくはあえてゆっくり歩いて、女性との距離をじわじわと広げてあげました。
 武士の情け、というやつです。
 だって、万一、ぼくに気づいたりしたら、彼女はきっとめまいがするほど恥ずかしいでしょうから。
 ちなみに、この瞬間のぼくは「雨夜の月」です。女性からすると、存在しているのに見えていないモノですからね。でも、ぼくらの頭上に浮かんでいるのは「昼の月」。
 なんだかおもしろいなぁ、と思っていたら──、
 気配を感じたのでしょうか、前にいた女性がいきなりこちらを振り向いたのです。
 視線が合った瞬間からはスローモーションでした。彼女は、ハッと驚いたように目を見開き、頬を強張らせ、それからすぐに世界でいちばん気まずい人の顔になりました。
 そして、この瞬間、ぼくは意外なことに気づいたのでした。
 気づかれたぼくも、けっこう気まずいんですけど……。
 かくして彼女は、そそくさと前に向き直ると、まるで競歩のようなスピードでみるみる離れていきました。
 ぼくは、ぼくで、かたつむりの歩みをしつつ、淡い「昼の月」を呆然と見上げていたのでした。
(写真は全て筆者撮影)

この記事を書いた人
森沢 明夫(もりさわ・あきお)
1969年、千葉県生まれ。小説家。早稲田大学卒業。
吉永小百合主演で映画化された「虹の岬の喫茶店」をはじめ、有村架純主演の「夏美のホタル」、高倉健主演の「あなたへ」など、映画やドラマとして話題になったベストセラーが多い。また、エッセイ、絵本、作詞なども手掛けている。近刊には「エミリの小さな包丁」「かたつむりがやってくる」「水曜日の手紙」「雨上がりの川」などがある。