南條 竹則

第1回 ショコラと鏡花と偏奇館【前編】

初めに
 近頃文学作品を読む人が減って、作家の全集本なども嘘のように安く買える。有難いような嘆かわしいような現象だが、わたしはたまに古本屋街へ行くと、その手の本を買い込み、寝る前の楽しみにチビチビと読んでいる。
 生来食べることに興味のありすぎる人間なので、文人の作中に飲食の話が出て来ると、気になるところに付箋を貼る習慣がついてしまった。時々それを見返して、思いついたことを書き留める。これから御覧いただくのは、そういうシロモノである。
 それぞれの作家をちゃんと研究したわけではないから、とうに言い古されたことや、的外れなことをトクトクとして書くかもしれない。その点はあらかじめ読者のおゆるしを乞いたい。
2020年 暮春
 私事になるが、筆者は子供の頃、ちょうど大阪万博の前の年にパリへ行った。夜分空港に着いて、翌朝この街で初めて朝食をとったが、その席で、「ケスク・チュヴ・ボワール(何を飲みたいか)?」と訊かれた。
 コーヒーか、紅茶か、それともショコラを飲むかという。何だかわからないままに「ショコラ」とこたえると、深いコップになみなみとココアが注がれた──あの時の驚き。
 明治時代にフランスへ行った永井荷風も、ショコラを飲む習慣にきっと驚いたろうと思う。
 荷風が日本でも朝食にショコラを飲んでいたことはよく知られている。『断腸亭日乗』大正8年元旦の記は、そのことを書いた文章としてしばしば引用される。目新しくはないが、ここにも引いておこう

 正月元旦。曇りて寒き日なり。九時頃目覚めて床の内にて一碗のシヨコラを啜り、一片のクロワサン(三日月形のパン)を食し、昨夜読残の疑雨集をよむ。余帰朝後十余年、毎朝焼麺麭と珈琲とを朝飯の代りにせしが、去歳家を売り旅亭に在りし時、咖琲なきを以て、銀座の三浦屋より仏蘭西製のシヨコラムニエーを取りよせ、蓐中にてこれを啜りしに、其味何となく仏蘭西に在りし時のことを思出さしめたり。仏蘭西人は起出でざる中、寝床にてシヨコラとクロワッサンとを食す。(余クロワッサンは尾張町ヴイエナカッフエーといふ米人の店にて購ふ。)(『荷風全集』第19巻115-116頁。岩波書店)
 ところが、ある時、かかりつけの医者から「砂糖分を含む飲食物を節減する」ように注意された。大ショックを受けた荷風は、そのことを「砂糖」という随筆に書いた。
 これはじつに憂鬱な調子の文章である。甘いものを断たねばならなくなった我が身は、「心と共に辛き思いに押しひしがれて遂には鹽鮭の如くにならねば幸である」などと言っている。
 荷風はまず珈琲が飲めなくなったことを嘆く。べつに砂糖が使えなくとも、ブラック・コーヒーを飲めば良いわけだが、
 ひるにも晩にも食事の度々わたしは強い珈琲にコニヤツクもしくはキユイラソオを濺ぎ、角砂糖をば大抵三ツほども入れてゐた。(前掲書第15巻21頁)
 という人だから、ブラック・コーヒーは論外だったのだろう。
 そして、ショコラだ──
 珈琲と共にわたしはまた数年飲み慣れたシヨコラをも廃さなければならぬ。数年来わたしは独居の生活の気儘なるを喜んだ代り、炊事の不便に苦しみいつとはなく米飯を廃して麺麭のみを食してゐた。鹽辛き味噌汁の代わりに毎朝甘きシヨコラを啜つてゐた。欧州戦争の当時舶来の食料品の甚払底であつた頃にも、わたしは百方手を尽して仏蘭西製のシヨコラを買つてゐたのである。……(同23頁)
 ショコラは荷風にとってフランスの記憶であった。
 巴里の街の散歩を喜んだ人は皆知つてゐるのであらう。あのシヨコラムニエーと書いた卑俗な広告は、セーヌ川を往復する河船の舷や町の辻々の広告塔に芝居や寄席の番組と共に張付けられてあつた。わたしは毎朝顔を洗ふ前に寝床の中で暖いシヨコラを啜らうと半身を起す時、枕元には昨夜読みながら眠つた巴里の新聞や雑誌の投げ出されてあるのを見返りながら、折々われにもあらず十幾年昔の事を思出すのである。
 巴里の宿屋に朝目をさましシヨコラを啜らうとて起き直る時窓外の裏町を角笛吹いて山羊の乳を売歩く女の声。ソルボンの大時計の沈んだ音。またリヨンの下宿に朝な朝な耳にしたロオン河の水の音。これ等はすべて泡立つシヨコラの暖い煙につれて、今も尚ありありと思出されるものを。医師の警告は今や飲食に関する凡ての快楽と追想とを奪ひ去つた。口に甘きものは和洋の別なくわたしの身には全く無用のものとなつた。(同23-24頁)
 このあと、彼はクロード・モネの絵に描かれた「菓子果物を盛つた鉢」のことを思い出し、さらに浮世絵や狂歌俳諧に見える菓子類を連想して、「詩文の興あれば食ふもの口舌の外更に別種の味を生ず」と名言を述べる。そして中国の美食家袁枚えんばいの『随園食単』に言及する。
 爛熟した文化の時代、人がたしなみ食うものには優れた趣味があった。そうした趣味の失われた昨今、料理の俗悪さに失望憤懣ふんまんをおぼえることが多いが、甘いものを禁じられた今は食味を求めて出かけることもないから、自分には幸いかもしれない──荷風は「砂糖」という文章を、こんな風に苦く結んでいる。

*文中、引用は『荷風全集』岩波書店による。但し、旧字を新字に改め、多少ルビを加えた。


この記事を書いた人
文/南條 竹則(なんじょう・たけのり)
1958年生まれ。東京大学大学院英語英文学修士課程修了。作家、翻訳家。
『酒仙』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。以後、幻想小説、温泉、食文化への関心が深く、著書も多い。主な著書に小説『あくび猫』、編訳書『英国怪談珠玉集』など多数。

絵/橋本 金夢(はしもと・きんむ)