【第28回】


河内長野って行ったことないなあ
 私が毎週、録画してでも視聴するテレビ番組に『三宅裕司のふるさと探訪』(BS日テレ)がある。視聴者による「田舎自慢」の投稿に応えて、現地をルポする旅番組。なんといっても三宅裕司の百戦錬磨で鍛えた話術と地元の人々との親和力が大きな魅力となっている。道や場所を聞くため、店へ入ったり、通りがかった人などに話しかけるのだが、そのちょっとしたやり取りに笑いや温かみがある。見ていてじつに気分がいいのだ。
 先日、2019年7月9日放送分の「アンコール」版で、河内長野編を見た。近鉄と南海の両鉄道が接続する「河内長野駅」からの出発となったのだが、さて、同じ大阪の出身者ながら、私はこの河内長野を知らない。いや地名その他は知っているが、行ったことがないのだ。大阪府は南北に広がるために、私が生まれ育った京都府に近い「北」の枚方市と、奈良市に接近する「南」の河内長野市とでは大きく離れている。
 もちろん他府県で「河内長野市出身者」に出会えば、「あ、ぼくも出身は大阪です」ぐらいのことは言うし、親しみも感じるが、さて「河内長野で、なに、知ってます?」と大阪弁で聞かれても、「うーん」と口ごもってしまうだろう。
 そういう意味でも、番組を興味深く見たのだった。この回の投稿者の自慢は「高野街道のカレーパン」「塩が有名なお寺」「滝畑たきはた磨崖仏まがいぶつ」の3つ。これを事前調査やスマホ検索をせずに、行き当たりばったりで人に聞きながら、訪問していくという手はずだ。印象に残ったことを一つ二つだけ書き留めておく。駅前から出発した三宅裕司が、情報収集のため、目の前にあるアーケード商店街(長野商店街)へ入っていく。ここが、いずこの地にも見られる駅前シャッター商店街で、ほとんどの店が閉店しうらさびて、もの悲しい。
 もとは何だったのか、「にぎわいプラザ」と名付けられた商店街活性のため創設された場所で、まず「カレーパン」について尋ねると、複数の老齢女性がとまどい、口々に「それなら、とうもとさん」と言う。「とうもとさん」って誰?と戸惑っていると、これが「塔本」であり、商店街で営業を続ける「塔本博文堂」という書店であることが分かる。見ると文房具も一緒に販売する書店で相当古そうだ。こんな淋しい商店街で、ちゃんと営業をしている書店があることに、少し私は感動したのだった。
 もう一つ、書店からすぐ近く、廃業した醤油店の蔵をライブハウスとして利用していると知り、音楽好きの三宅が特別に入れてもらう。壁を見ると、ここに出演した歴代のミュージシャンの舞台写真が貼られてあった。そのうちの1枚が、フォーク歌手の大塚まさじさんだと私にはすぐわかった。いやあ、大塚さん、こんなところにまで歌いに来ていたのか。
 番組を見た後、ちょっと「河内長野」について調べると、人口約10万人で、「つまようじ」の町、だそうである。自慢が「つまようじ」かあ。うーむ、奥ゆかしいですねえ。大正期あたりまで、高野山参詣の終着駅としてにぎわったようだが、その後さびれてしまった。しかし、私はちょっと心惹かれた。ぜひ、行ってみたいものだと思っております。

映画『大阪の宿』に描かれた水都大阪
 五所ごしょ平之助へいのすけ『大阪の宿』(1954)を観て、あんまりいいので驚いた。前にも名画座で観た記憶はあるが、その時は3本立ての1本とかで、印象が薄れてしまった。三田(佐野周二)という独身の男が東京から大阪へやってきた。保険会社勤務で、上司を殴ったために大阪の支店へ左遷されたのだ。下宿を兼ねた安宿「酔月荘」へ投宿する。ここに勤める女中たち、三田を想う芸者「うわばみ」(乙羽信子)たちとのやりとりが描かれ、最後は悪辣な上司に反抗し、再び東京本社へ帰っていく。  
 三田は、「うわばみ」の気持ちを知りながら距離を置き、女中たちを休みに遊びへ連れていくなど清潔な硬骨漢として描かれる。「江戸っ子だねえ」などと言われ、みなに一目置かれるのだ。意に染まぬ酒席で、腹に据えかねる支店長に抗議、同調した「うわばみ」が支店長の頭から酒をかけて啖呵を切るシーンがある。へらへらする腰ぎんちゃくのような男もあり、つまり「坊っちゃん」の大阪版といってよい。
 まあ、それはいい。私が注目したのは戦後の復興なった大阪の風景である。大阪の大動脈である大川が、中之島で二手に分かれるあたり、その北側、水辺に「酔月荘」が建つという設定だ。とうとうと流れる水と舟遊びをする人たち、対岸の北浜に建つビル群が映される。現在のように川と遊歩道を距てる柵もなく、人と水辺が近い。大阪を舞台にした映画は『夫婦善哉』などいくつかあるが、水辺の詩情を表現した点で『大阪の宿』は忘れがたい名作となった。
 ネット検索すると、「酔月荘」の場所はどうやら北区菅原町に位置するらしい。じつは「菅原町」という存在を初めて知った。天神橋筋と阪神高速守口線に挟まれた狭いエリアで無番地。「ああ、〇〇があるところや!」と、大阪人なら誰もが知るような目立った建物はない。この北東に「大阪天満宮」(「天満の天神さん」と呼んでいた)が位置し、大阪城と並ぶメルクマールとなっている。「菅原町」は、ここに祀られている菅原道真にちなむ町名であろう。大阪人の菅原道真に対する親しみと畏敬の念は、ちょっと他府県の人には伝わりにくいと思われる。ちなみに、私が3年生途中まで通った小学校は「菅北かんぼく小学校」といい、北区菅栄町に今もある。フォーリーブスのCMで関西ではおなじみだった学生服のメーカー「菅公」(岡山市に本社)も菅原道真の敬称を社名とした。「菅」という文字を見るだけで、何かありがたい気持ちになるのだ。
『大阪の宿』の原作は水上みなかみ瀧太郎たきたろうの同名著書による(1926)。現在講談社文芸文庫に収録。水上は本名阿部章蔵。東京市麻布区(現・港区麻布台)生まれ。父は明治生命の創業者阿部泰蔵。 慶應義塾大学に進み、荷風主宰の「三田文学」に作品を発表し新進作家としてスタートを切る。つまり「三田」派だ。『大阪の宿』の主人公名はここに由来するはず。
 大学卒業後、イギリス、フランスに留学。帰国して明治生命に入社する。のち大阪支店に転勤し、旅館に下宿したというから、小説の中身はともかく(水上の場合は左遷ではなく栄転)「三田」は水上を投影したものと考えていいだろう。
 映画『大阪の宿』では、大川のほかにも大阪城、中之島公園、難波橋を渡る市電などが映し出される。1954年公開だから私が生まれる前の大阪ではあるが、子ども心にうっすら記憶のある大阪でもある。それがうれしい。


梶井基次郎『檸檬』新潮文庫の注を疑う
 梶井基次郎『檸檬』(新潮文庫)は、改版前のものをあわせると、5、6冊は持っている。外出先の古本屋で見かけると、急に読みたくなったりして、そのつど買うからだ。京都で学生生活を送っていたころからの聖典の一つだ。最初に読んだのは角川文庫版で、こちらのタイトルは『城のある町にて』。もちろん「檸檬」も収録されている。
 今回、「冬の日」を読み返していて、「エーテル」に注の印(*)がついているのに気づき、巻末の注釈を読んでみた。執筆は近代文学の研究者・三好行雄。
 注がついた該当箇所は以下の文章。
「『俺の部屋はあすこだ』
 堯はそう思いながら自分の部屋に目を注いだ。薄暮に包まれているその姿は、今エーテルのように風景に拡がってゆく虚無に対しては、何の力でもないように眺められた」
 注には「エーテル」について、こんな説明がされている。
「〔ether(蘭)〕以前、光の波動説で、光の伝播でんぱを媒介する物質として仮定されていたもの。相対性理論の出現以後はこの仮定は無意味になった」
 どうです? 分かりますか。私などにはちんぷんかんぷん・・・・・・・・だ。調べたら、たしかに「エーテル」にこういう意味はあります。だが、「光の伝播を媒介する物質」として仮定されたもので、現在は否定されているというのと、主人公(梶井自身)が、外から自分の下宿の部屋を眺めている状態で、そこに虚無を感じるということの、いかなる説明になるのか。三好行雄はえらい学者である。しかし、ここは間違っていると思う。
 この場合の「エーテル」とは、麻酔などに使われる揮発性の液体を指す以外には考えられないのだ。ドラマや映画で悪党が人を誘拐する際に、ハンカチにエーテルをしみこませて、口にあてて嗅がせるシーンがよくある。「あれえ」(女性)「こいつ、じたばたするな」(悪党)「うーん」(女性)「しめしめ、どうやらエーテルが効いたらしい」(悪党)……というやつですね。
「エーテル」は結核患者の鎮痛剤として用いられ、結核の梶井にとって親しい薬品だった。特別な香りがして、揮発性がある。「たかし」が、さっきまで自分がいた部屋を外から眺め、虚無を感じる状態を「風景に拡がってゆく」と表現する時、無色透明で揮発していく薬品の「エーテル」を指していると考えるべきではないか。「相対性理論」などが出てくる余地はないと思う。念のため、旺文社文庫の『檸檬・ある心の風景 他二十編』で、「冬の日」の注をチェックしてみた。「エーテル」は、こういう説明がされている。
「ether。<オランダ語>アルコールに濃硫酸を作用させて生じる芳香のある無色の液体。揮発性を持つ。」
 やはりそうだった。私はこちらの注が正しいと思う。「揮発性」がポイントなのだ。そこに加えて、結核患者にとって親しい薬品であることを書き添えれば、もっとよかった。文庫に注がついているのは助かるし、私も大いに参考にしているが、どうもおかしいと思ったら、疑ってかかったほうがいい。

(写真とイラストは全て筆者撮影、作)
『明日咲く言葉の種をまこう──心を耕す名言100』(春陽堂書店)岡崎武志・著
編集者、ライター経験を経て、書評家、コラムニストとして活躍する岡崎武志。 小説、エッセイ、詩、漫画、映画、ドラマ、墓碑銘に至るまで、自らが書き留めた、とっておきの名言、名ゼリフを選りすぐって読者にお届け。「名言」の背景やエピソードから著者の経験も垣間見え、オカタケエッセイとしても、読書や芸術鑑賞の案内としても楽しめる1冊。
この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。