ぜんぜんあたっくしてこないよ鮫

「『MOTHER』ってゲーム、知ってますか?」と衣の薄いとんかつを店で食べていたときにひとに聞いた。ジャズがながれてる。

「これは僕の記憶だから違うかもしれないんだけれど、お父さんが電話でしか出てこないんですよね、そのゲーム。電話をかけると、経験値の話とか振り込んだお金の話とか、あとたぶんこれが大事なんだけれど、『よくやったね』と一言誉めてくれる。そうしてそれまでの旅をセーブしてくれる。ゲームでよくあるのは神父さんとかえらいひとが、旅を記録しますか、って記録してくれてたんだけど、『MOTHER』はお父さんの『よくやったね』がセーブだったんですよね。でもお父さんの姿は最後まで見えない。そのゲームもクリアしたし、一応いろんなことを経験したけれど、いまもわかんない。でもときどき誰かはきっと誰かに今日電話をかけて『よくやったね』っていってもらってそれまで生きてきたことを」と話したところで、ちょっと話しすぎじゃないかと思った。

さいきん、そとにでるのがこわい、勇気もちからもわかない、みっともないし終わってるきがする、実際あなたはもう人生がきれてるよ、みたいに言われたりもした、そういう話をしようと思ったのにふっとちがう話をした。そのひとは、ふーん、といったあと、よくやったんじゃないの、 と言って塩辛を頼む。ここのとんかつ屋の塩辛がすきなの。しおから。くらい話もあかるい話もしない。明日こんなことを少しやりましょう、という話をして素直に帰った。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター