【第23回】下を向いて歩こう、からの──

 連載小説の原稿を書き終えて、「ふう」と、ひと息ついた朝。
 読者から届いたファンレターが少し溜まっていたので、まとめて返事を書いちゃおうかな……と思ったら、切手がないことに気づきました。
 というわけで今回は、郵便局を通るルートで散歩をすることに。
 玄関を出ると、庭の隅っこに白い八重咲きの花が咲き乱れていました。ドクダミです。
 ドクダミの花といえば、十字形の白い花びら(実際は花びらではなく総苞そうほう)が一般的ですが、うちの庭の一画では、いつしか華やかな八重咲きが見られるようになったのです。ちょっと珍しいですよね?

庭に咲いた八重のドクダミ

 ドクダミは薬草の代表格で、様々な薬効があることから「十薬」とも呼ばれています。独特の臭みのある草ですけれど、葉は天ぷらにして食べられます。熱を加えると臭みが消えるのです。
 ドクダミを見ると、必ず思い出す本があります。
 2002年に出版された「野の花」という本です。
 知人が撮りためた身近な野草の写真に、ぼくが文章をつけ、ついでに編集まで担当した本なのですが、じつは厳密にいうと、ぼくの「著作物」としてのデビュー作は、この「野の花」です。
 本書を出した後に、エッセイを出したり、ノンフィクションを出したりしていて、ようやく小説を出せたのが2008年の「海を抱いたビー玉」でした。
 なので、インタビューなどで「デビュー作は?」と訊かれると、若干、心のなかをモヤモヤさせながら「小説のデビュー作は──」と答えることにしているのです。
 ごめんね「野の花」。
 でもこれ、すごくいい本なんです! と自画自賛(笑)
「野の花」のなかで、ぼくは色々な野草茶の楽しみ方を紹介しました。ドクダミ茶もそのひとつです。とはいえ、個人的に好きな野草茶は、圧倒的に美味しい「スギナ茶」と「笹茶」ですけどね。よかったら試してみて下さい。
「野の花」の帯(背側)に書かれたキャッチフレーズは「下を向いて歩こう」でした。普段、何気なく歩いている道も、よくよく見てみると、雑草たちが可憐な花を咲かせている──、そのことに気づいて欲しいな、という思いから生まれた一文です。
 さて、八重咲きのドクダミを目にしたぼくは、郵便局までの道のりを「下を向いて」歩くことにしました。
 名前を知っている花、知らない花、たくさんの雑草たちが、かわいく、健気に咲いています。ぼくは自分の口角が無意識に上がっていることに気づきました。
 植物学者の牧野富太郎は「雑草という名の植物はない」という名言を残していますが、本当にそうだよなぁ、としみじみ……。
 開花しているのは、道端の野草ばかりではありません。
 とある社宅の塀沿いの花壇には、目が痛いほどに鮮烈な赤紫色を炸裂させたマツバギクが咲き誇っていました。

まぶしいほどに華やかなマツバギク

 そうこうしているうちに郵便局に到着──。
 ぼくは小説に書くほど大好きな「縄文時代」の土偶や、銅鐸どうたくなどがデザインされた国宝シリーズの切手をまとめて買いました。
 ふたたび郵便局を出て歩き出したとき、それまでずっと下を向いて歩いていたぼくが、ふと上を向きました。
 土偶や銅鐸を作った人たちに思いを馳せたのです。
 人が思いを馳せるときって、自然と上を向くのですね。
 はるか頭上には、波のような模様の雲が広がっていました。
 いわゆる「波状雲はじょううん」です。
 天気が下り坂であることの予兆とも言われますが、しばらく眺めていたくなるような美しい雲です。

波状雲が出ると天気は下り坂とも

 この世界には、上にも下にも見るべきモノはある。
 そんな当たり前のことをあらためて感じながら、ぼくは帰途につきました。
 上を見たり、下を見たりしながら。
(写真は全て筆者撮影)

この記事を書いた人
森沢 明夫(もりさわ・あきお)
1969年、千葉県生まれ。小説家。早稲田大学卒業。
吉永小百合主演で映画化された「虹の岬の喫茶店」をはじめ、有村架純主演の「夏美のホタル」、高倉健主演の「あなたへ」など、映画やドラマとして話題になったベストセラーが多い。また、エッセイ、絵本、作詞なども手掛けている。近刊には「おいしくて泣くとき」「森沢カフェ」「ぷくぷく」「水曜日の手紙」「雨上がりの川」などがある。