【第24回】歩きを極めるおじいちゃん

 散歩に出るとき、ぼくは小銭の入った財布とスマートフォンを忘れずに持ち歩くようにしています。
 財布は、喉が渇いたときに飲み物を買うため(脱水症状にならないように)。スマートフォンは、この連載の写真を撮るためです。
 先日も、散歩の途中に喉が渇いたのでコンビニに立ち寄りました。で、ペットボトルのお茶を買い、店の前に置かれたベンチに座って、さあ飲むぞ──というところで声をかけられました。
「隣、いいかね?」
 声の主は、Tシャツにジャージズボン姿のおじいさんでした。
「あ、どうぞ」
 少しおしりを横にずらしたぼくの隣に、おじいさんは「ふい〜」と息を吐きながら腰を下ろしました。
 年齢は、80歳くらいかな。細身で、髪は白くて薄毛。首にかけた白いタオルで顔の汗をごしごしと拭き取っています。
「ウォーキングですか?」
 話しかけたぼくに、おじいさんは「うん」と嬉しそうに頷きました。
「本当なら、公園の周回道路をぐるぐる歩くんだけどさ、いまは、ほら、新型コロナが怖いでしょ。だから、なるべく人の少ない路地を歩いてんの」
 おじいさんは近所の団地に住んでいるそうで、公園にはウォーキング仲間が大勢いるとのことでした。でも、家族に「ソーシャルディスタンスをとって、気をつけてね」と強く言われたことで、泣く泣く仲間の輪から外れることになったのだそうです。
「一人で路地を歩いてるとさ、徘徊老人みたいで嫌なんだよ」
 そう言って、おじいさんは「あはは」と陽気に笑いました。
 話を聴きながら、ぼくがペットボトルのお茶を飲みはじめると、おじいさんは「俺も、喉が渇いたなぁ。ちょっくら買ってくるか」と立ち上がり、店のなかへと消えました──と思ったら、なぜかすぐに出てきたのです。そして、ふたたびぼくの隣に腰を下ろし、深いため息をもらしました。
「あれ? どうしたんです?」
「財布、忘れてきちゃってさ」
 そう言って、ちらりとぼくのお茶を見るおじいさん。
 新型コロナを怖がっているおじいさんに「これ、飲みます?」とはさすがに言えないですし、このまま脱水症状で倒れられても困るので、ぼくは財布を取り出しました。
「よかったら、飲み物、ご馳走させて下さい」
「いや、それはさすがに悪いよ。もう家に帰るから大丈夫」
 ぼくは、困ったときはお互い様ということで、なかば強引に小銭をおじいさんに押し付けました。どうかこの小銭にウイルスが付いていませんように、と祈りつつ。
 おじいさんは白い眉毛をハの字にしながら「なんか、悪いねぇ……」と言って、ふたたび店に入り、ぼくとは違うお茶を買って出てきました。そして、「本当にありがとう。見ず知らずの人なのに」と、ぺこぺこ頭を下げてお釣りを返すと、とても美味しそうにお茶を飲みはじめました。
 なんだか、憎めないおじいさんです。
「ちなみに、おいくつですか?」
 ぼくが訊ねると、おじいさんは、ごくり、と喉を鳴らしてこちらを向きました。
「もう84になっちゃったよ」
「84にしてはお若いですね。一度に、どれくらい歩くんですか?」
「距離は分からないけど、毎日、2時間は歩くかな」
「えっ、毎日、2時間も?」
「昔から凝り性でね、何でもやりはじめたら極めたくなっちゃうの」
 ウォーキングを極めるべく、毎日、2時間も歩くというおじいさんを見て、ぼくは、ふと、90歳まで生きた葛飾北斎の言葉を思い出しました。
『90歳で(絵の)奥義おうぎを極め、100歳で神の域に達し、110歳で一筆ごとに生命が宿る』
 なんだか、負けてられないよなぁ……。
 意味不明なライバル心を抱いたぼくは、ベンチから立ち上がりました。そして、おじいさんに軽く挨拶をして歩き出しました。

思わず深呼吸をしたくなる空

 いまから帰って、いい原稿を書いてやるぞ! と見上げた空はあまりにも青くて──、『今日はやっぱり仕事よりも散歩を極めよう』と思い直した意志の弱い小説家なのでした。
(写真は全て筆者撮影)

この記事を書いた人
森沢 明夫(もりさわ・あきお)
1969年、千葉県生まれ。小説家。早稲田大学卒業。
吉永小百合主演で映画化された「虹の岬の喫茶店」をはじめ、有村架純主演の「夏美のホタル」、高倉健主演の「あなたへ」など、映画やドラマとして話題になったベストセラーが多い。また、エッセイ、絵本、作詞なども手掛けている。近刊には「おいしくて泣くとき」「森沢カフェ」「ぷくぷく」「水曜日の手紙」「雨上がりの川」などがある。