【第34回】


立ち食いそば歩き1 飯田橋「豊しま」
 ときどき、無性に立ち食いそばが食べたくなる。関西在住の頃はそうでもなかった。関西では京阪神の鉄道沿線に展開する「都そば」という強力なチェーン店があり、これはよく利用した。こちら(関東)で言えば「富士そば」か。
 試みに「立ち食いそば」「東京」で検索すると、さまざまな強者が行脚、制覇のレポートをネット上に公開している。「山手線の改札内にある立ち食いそば屋巡り」などという、酔狂きわまるサイトも見つけた。これは改札から出ず、山手線の各駅の構内にある立ち食いそば店を全店制覇している。すべて「かけそば」だが、1日で17杯食べている。落語の「そば清」でいうなら、気づいたらそばが服を着てベンチに座っていたというやつ。
 そのほか、愛好者たちが推奨する店をチェックしていると、まだまだ未踏の店がたくさんあり、コメントを読むとそそられる。神田の「まつや」や、「室町砂場」のそばがどうしたこうした、というレベルの話ではない。これら高級店を10とすれば、せいぜい4から6ぐらいのレベルだが、ここにはここの豊潤な味わいのベルト地帯があるのだ。
 いろいろ皆さまの意見を参考にし、10軒ぐらいの未踏店名を書き出し、わざわざではなく用事があって近場へ行った時だけ訪問することにした。まずはこの日(7月9日)、九段下の千代田会館内にある「サンデー毎日」編集部へ本選びに行くため、チャンスが出来た。どこかで立ち寄ることにしよう。皆さんが挙げている中野駅前「かさい」は何度か食している。すったショウガが椀に入っていて、これを入れると風味が増す。
 未踏で、これまで近くまで何度も行きながら見過ごしてきたのが飯田橋「豊しま」。飯田橋は名画座「ギンレイホール」の年間パスポート会員になっていた時、月に1、2度は足を運んでいたからなじみの街だが、地下鉄の駅からの動線としては別(目白通り)にあるため敬遠したらしい。けっこう「富士そば」飯田橋店で済ますことが多かった。もちろん今では反省している。冒険心が足らなかった。

 この日は、ただ「豊しま」めがけての突進だ。着いたのは午後1時少し前。目白通り沿いの路面にある、のれんがかかったカウンター店。店構え、メニュー文字、雇用された人材すべてにわたって年季が入っている。ここの名物は「肉そば」で、各人が挙げた画像を見ると、大きな肉厚の固まりが戦艦のように浮かんでおり、その周りを天かすが取り囲んでいる。胃液が逆流しそう。よって私は「天ぷらそば」を。350円と安い。いなりを一個(80円)つける。おにぎりは売り切れていたから、お昼勝負の店なんだ。

 後期高齢、高齢の男性2人に、中年女性が厨房に。このサイズで3人の従業員は多い方だろう。目黒駅前の「田舎そば」はおじいさん1人だ。出てきた「天ぷらそば」は、まず汁の黒さにたじろぐ。重油レベルの黒さだ。しかし、一口含むと、けっして辛いわけではない。甘さを含んで、しっかりと鰹節ほかの出汁が支えていると分かる。天ぷらは揚げたてカリカリではなくて、作り置きふにゃふにゃ系。けっこう私はこのタイプが好きだ。麵はつるつるというより、ややモソモソ。しかし箸で崩せば出汁にうまくなじむ。
 立ち食いそばとしては中レベルで、やはりここは「肉そば」の店なのであろう。私がカウンターについてから、4人ほど男性客が入れ替わりしたが、みな「肉そば」(うどんもいた)だった。「是れはうまい! 関東風 肉そば」と、目の前にも大書して貼られてある。この強いプッシュに逆らうのは大変だが、10歳若ければなあ、と思った次第である。

日曜劇場「女房の眼鏡」は古書店が舞台
 日本映画専門チャンネルで、北海道放送制作によるドラマ「日曜劇場」(元は「東芝日曜劇場」とスポンサー名が頭にあった)が放送された。そのうち何本かを観た。「女房の眼鏡」(1968)に注目したのが、女房(池内淳子)が親の代から引き継いだ古書店主に扮していること。これは珍しい設定だ。セットかと思われるが、住居一体型の店舗内も映し出される。映る本棚を凝視したが、あまりいい本はないようだ。文学全集の端本がちゃんと棚に差さっているのはこの時代ならでは(現在なら百円均一)。
 池内の夫(木村功)は、製材所勤務のサラリーマンだが、自宅2階に作った鳩小屋の世話に夢中。そして、背広のポケットから2万円がでてきたり、会社に電話すると「休んでいる」と告げられるなど、行動が怪しい。かつて夫は、昔馴染みの女としばらく会っていて、それが再燃したかと女房は疑っている。一人娘(林寛子)はお父さんの味方だ。
 私が気になるのは、何といっても古本屋の日常だ。毎日、売り上げを精算するのだが、その日7千円強だったのを「厳しいわ」と池内がこぼす。1968年の公務員初任給は2万7600円。コーヒーが80円。現在との比較は難しいが、7、8倍と考えて6万円ぐらいの売り上げになるはずで、現在、店売りに四苦八苦している古書店なら御の字だと思うはず。ゼロの日だってある、というのが客の来ない店では常態だからだ。
 学生が文庫を2冊、持ち込んで買ってもらうシーンもある。まだ文庫にカバーがついていないで、表紙が撚れるなど状態はよくない。今なら「ちょっと無理ですねえ」と断られるところ。それを池内は150円で買う。これは先の物価換算を考えればべらぼうに高い買い取りだ。昔は古本屋の買い取りもよかったとは、よく古老から聞く話だが、ううむとうなってしまった。
 池内の店は古書組合加入店らしく、業者の市にも参加する。店名は「メイブンドウ」(明文堂、名文堂?)。古本屋は互いに店名で呼び合う。だから池内は「メイブンドウさん」。畳敷きの和室にみな車座になって座布団に座り、振り手が出品された古書を手に持って「ええ、これは〇〇で、〇万円でどうだ」と仲間に声をかける。これを振り市という。池内は5万円で資料のようなものを買う。大層な買い物だ。
 何か大きく儲かるような出物はないかと、池内が同業者の「白樺書店」に相談したところ、北海道庁の資料で100万円になるものがあると教えられる。ドラマの後半でこれを手に入れるが、復刻版が出るため大損する、などかなり実情に迫った脚本作りがされてあるのに感心した。やきもきする女房の池内に対し、迫る鳩レースで頭がいっぱいの夫・木村。この対比がいいし、木村が女房にやりこめられる気弱なかつての二枚目にハマっている。
 気味が悪いほど達者でうまい子役の林寛子はこの時、8歳か9歳。何年か前、アイドル好きの編集者とともに、林寛子が経営するカラオケバーへ出かけたことがある。私はこの時、伊藤咲子の「乙女のワルツ」を歌っていた。そこへ林寛子が来店(出勤?)し、「まあ、咲子ちゃんだ」と言いながら、あとで「素敵なラブリーボーイ」を披露してくれた。そういえば、池内淳子にも取材でお目にかかっています。いつかまた、この話も書きたい。

(写真とイラストは全て筆者撮影、作)
『明日咲く言葉の種をまこう──心を耕す名言100』(春陽堂書店)岡崎武志・著
小説、エッセイ、詩、漫画、映画、ドラマ、墓碑銘に至るまで、自らが書き留めた、とっておきの名言、名ゼリフを選りすぐって読者にお届け。「名言」の背景やエピソードから著者の経験も垣間見え、オカタケエッセイとしても、読書や芸術鑑賞の案内としても楽しめる1冊。

この記事を書いた人
岡崎 武志(おかざき・たけし)
1957年、大阪生まれ。書評家・古本ライター。立命館大学卒業後、高校の国語講師を経て上京。出版社勤務の後、フリーライターとなる。書評を中心に各紙誌に執筆。「文庫王」「均一小僧」「神保町系ライター」などの異名でも知られ著書多数。