【第25回】石ころを蹴りながら

 仕事の打ち合わせをした帰り道、ぼくは駅から少し遠回りをして帰宅することにしました。
 ちょっと考えごとをしたかったのです。
 歩いているときって、なぜかいいアイデアを思いつきやすいんですよね。小説のアイデアが「降って」くるのも、歩いているときが多い気がします。
 聞いた話によると、歩いているときは脳に流れる血流量がベストになり、それゆえ「ひらめき」の回数も増えるのだそうです。本当かどうかは知りませんけどね(笑)
 そんなわけで、ぼくは、ぼうっとしながら人の少ない道を歩いていたのですが、ある瞬間、コツン──と、つま先で何かを蹴っていました。
 ころころころ……。
 音で、すぐにわかりました。
 石ころです。
 大きさは卓球のボールくらいでした。ちょっといびつな三角形をしたその石ころを、ぼくはもう一度、ちょん、と蹴りました。すると石ころは、狙った方向から少しずれて、道の真ん中へと転がってしまいました。
 なぬ……。
 人は、いまいち上手くいかないモノにこそ、ハマってしまうものです。ゲームでもスポーツでも、簡単すぎるモノってつまらないから、逆にやらないんですよね。
 で──、いつのまにかぼくは当初の目的であった「考え事」を放擲ほうてきして、石蹴りに集中しはじめていたのでした。
 そういえば子供の頃も、ランドセルを背負ったぼくは、よく石ころを蹴りながらこの道を歩いたものでした。ここは通学路だったのです。
 いま思えば「帰り道」には遊びと発見が満ち溢れていました。
 道端の猫じゃらし(エノコログサ)を引っこ抜いたり、じゃんけんをして負けた奴が全員のランドセルを持って歩くという罰ゲームをやったり、傘を逆さにして雨水を貯めながら歩いたり、草笛を吹いたり、野良犬に吠えられたり、木の枝を振り回してヒーローごっこをしたり……。
 そういう、どうでもいいことがたくさん積み重なって、いまのぼくがいるんですよね。
 あの頃よりもずいぶんと大きくなった足で、小さな石ころを蹴りながら──、ぼくは当時のちょっぴり切ないような空気を思い出して、胸をきゅっとさせていました。
 石蹴りのゴール地点は、人の少ないこの道が終わるところ。
 そう決めて、こつこつ石ころを蹴りつつ歩いていると、向こうからひと組のカップルが歩いてきました。蹴った石がぶつかったら申し訳ないのと、単純に恥ずかしいのとで、ぼくは道の隅で立ち止まり、スマートフォンをいじっているフリをしてやり過ごしました。こういうところが大人ですね(笑)
 そして、カップルが充分に離れたのを見計らって、再スタート。
 途中、ドブ板の隙間に石ころが落ちそうになりましたが、ギリギリでセーフ。
 ここまで来たからには、きちんとゴールしたいぞ──。
 そんな子供じみた欲望を抱きはじめている自分がおかしくて、ひとりニヤニヤしながら石を蹴り続けました。
 それからしばらくして、見事に(?)ゴール!
 ゴール地点の道端には、毎年、初夏の頃に生えてくる、ちょっと不思議な「もふもふ系の動物」みたいな草が生えていました。
 ぼくは石ころをその草のとなりに寄せて、「ふう」と息を吐きました。
 やり遂げたあとの、ご満悦のため息です。

ゴール地点に生えていた、もふもふした動物みたいな植物

 さてと──。
 すぐそこの自販機で、お気に入りのアイスティーを買って帰ろう。そして、徹夜で原稿書きだ。
 胸裏でつぶやいたぼくは、なんとなく空を見上げました。
 梅雨の晴れ間は、ランドセルを背負っていた頃よりも、不思議とまぶしい気がして、ぼくはふたたびため息を洩らしました。
 人生の哀愁って、こういうふとした刹那に感じるんだよなぁ……。
 そんなことを思いながら、今度は石ころを蹴らずに歩き出しました。
 あの頃よりも大きくなった足で、悠々と。
(写真は全て筆者撮影)

この記事を書いた人
森沢 明夫(もりさわ・あきお)
1969年、千葉県生まれ。小説家。早稲田大学卒業。
吉永小百合主演で映画化された「虹の岬の喫茶店」をはじめ、有村架純主演の「夏美のホタル」、高倉健主演の「あなたへ」など、映画やドラマとして話題になったベストセラーが多い。また、エッセイ、絵本、作詞なども手掛けている。近刊には「おいしくて泣くとき」「森沢カフェ」「ぷくぷく」「水曜日の手紙」「雨上がりの川」などがある。