秋のワニ 今日嘘つくまえの風

秋になってもまだムーミンを読んでいた。ともだちは、ほんとうの冬眠の準備をしなくちゃ、と言っていた。ほんとうの、というのがわからなかった。

そのともだちは、ワニの話をしていた。妹がむかし鰐の解剖をしたことがあって、いっしょに帰ったらとてもなまぐさかった、と。「なんだか、ワニって具体的ですごくこわいね」とわたしは言った。わかいわにも年老いたわにもみんな具体的だよ。

ふたりであるいた。いつもぎりぎりなんだ、とともだちはいった。ぎりぎりなんだよね、とわたしはともだちのことばを繰り返した。

うちに帰って、ワニとムーミンってとおいよなあ、ほんととおいよ、と思った。洗濯物を取り込むためにベランダにでたら、これはぜったい秋の風とおもえる風が吹いてきた。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター