猫が話してるからだれもおこらない

やさしいくまみたいなひととアフタヌーンティーをたべていたら、わたしは黒沢清の映画がすきなんですよ、と話し始めて、あそうか、やさしそうなひとにはみえるんだけれど黒沢清がすきだなんてこの世界はまだまだ奥があるんだなあと思った記憶がある。たぶん、ひとはひとにつかまらないんだとおもう。ひとってそんなかんたんじゃないから。そのひとは、ジャムもってかえるといいんですよ、とわたしにたくさんのジャムを持たせた。

黒沢清さんの映画はときどき見る。でも次の日なんかに、ともだちに話そうとするんだけど、うまくはなせない。それはね、木の映画なんだよ。きをまもる。木の? いい映画だね。いや、いい映画じゃないんだよ。とても暴力的で、たくさんひとがしぬし、やさしさもなくて。でもうまくいえないんだよ。ほんとにその映画みたの? ほんとに「その」映画をみたかどうか自信がなくなってくるのがなんだか黒沢さんなんだよ。でもそういう映画ってこの世界にあるんだよ。ぼくもまだよくわかってないんだけれど。こわいね。

なにか食べたいものはある? ときかれて、なんだかビックリマンチョコがたべたいよ、とわたしはいう。 あと、コアラのマーチとか、みたらしだんごとか。あまいものって黒沢さんの映画にでてきたっけ? とわたしはきく。あまいものでおなかをいっぱいにしたひととか。そういうたべものは黒沢映画にはあんまりでてこないんじゃない、とともだちはいう。だからそういう感じが、黒沢さんの描く、わたしたちのむこう側、なのかもしれない。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター