【第31回】水色の小さな自転車

 南風の強い午後──。
 散歩をして少し汗ばんだぼくは、自販機で冷たい缶コーヒーを買い、通りがかった公園のベンチに腰掛けました。
 隣のベンチには、ちょっぴり上品な感じの白髪のおばあさんが一人で座っています。
 ぼくらの目の前では、おさげ髪の女の子が自転車の練習をしていました。真新しい水色の自転車にまたがって、緊張で肩をすくめるようにしているその子は、たぶん5歳くらいかな。
 ジーンズをはいた若いお母さんが、ちいさな自転車の荷台を押しては、恐るおそる手を離し、ふらつく娘の背中を不安そうに見守るのですが──、でも、結局は転んで泣きそうになっている女の子に駆け寄って、背中を撫でながら励ましています。
 女の子はすでに膝も肘も擦りむいているようでした。
 それでも、お母さんと一緒に自転車を起こし、真新しい自転車にまたがるのです。ほんと、頑張り屋さんです。
 なにか新しいことにチャレンジして、失敗と修正と上達を繰り返し、やがて成功を掴み取る。この一連の流れこそが、人を成長させ、進歩させるんだよなぁ……。
 女の子の挑戦を見つつ、そんなことを考えていたら、ふと、昔のことを思い出しました。
 ぼくが、そこそこの規模の(そこに居れば『安泰』と言われていた)出版社を辞めて、フリーランスという生き方にチャレンジをしはじめたときのことです。
 すでにフリーになって何十年という大先輩のライターさんに、当時のぼくはこんなことを言われました。
「えっ、森沢くん、会社を辞めちゃったんだ? いやぁ、もったいない。会社に居ればラクなのに。ほんと馬鹿なことをしたよね。きみ、この先、絶対に後悔するからね」
 一方、別の大先輩は、ぼくがフリーになったと知るや、すぐに飲みに連れていってくれました。そして、こう言いました。
「いよいよ森沢もフリーの仲間入りか。正直、大変なことも多いけどさ、自分の人生を自分の腕ひとつで自由に創っていくっていう愉しみの方が大きいから、とにかく全力で頑張れよ。あ、そうそう、フリーとして喰っていくにはコツがあってさ──」
 心からのエールとアドバイスをくれたのです。
 まさに正反対とも言えそうな言葉をくれた両大先輩ですが、前者の大先輩は、(言葉は悪いですけど、正直に書くと)フリーライターを続けていても、まったく芽が出ず、いつも愚痴をこぼしながら業界の底辺あたりをうろついているようでした。
 しかし後者の大先輩は、フリーライターとして頭角を現し、やがて世界を股にかけた作家になり、何十冊もの著書を世の中に送り出したどころか、テレビや映画の世界でも活躍して有名になりました。
 当時のぼくが、どちらの大先輩の言葉を受け止めたかは、推して知るべしですよね。
 やっぱり人は、モノの見方や考え方ひとつで、チャレンジと努力のレベルと回数と質が変わるので、結果も、おのずと変わってくるようです──。

こういう空を見ると、ふと昔日を思い出します

 そんな、懐かしい時代を思い出していたら、まさにいまチャレンジ中の女の子が、ふらつきながらも自転車に乗れたのでした。
「わっ、やった、やった、すごい、すごい」
 手を叩きながら、ぴょんぴょん跳ねている若いお母さん。
 緊張しつつも笑顔を浮かべながらべダルを必死に漕ぐ女の子。
 ふと、隣のベンチを見たら、白髪のおばあさんが胸の前で小さく手を叩いていました。ぼくと目が合うと、メガネの奥の目頭を指でそっとぬぐいました。
「もしかして、お孫さんですか?」と、ぼく。
「ううん。ぜんぜん知らない子なのよ。でも、嬉しいじゃない?」
「はい。なんか感動しちゃいますね」
 外野のぼくらがそんな会話をしていたら──、ガシャン!
 せっかく乗れたのに、今度はうまく曲がれず、派手に転んでしまったのでした。そして、ついに女の子は泣き出してしまいました。
「ああ……」
 と、小声を洩らしたおばあさんは、眉をハの字にしつつも、口元は微笑んでいました。きっと、ぼくも同じような顔をしていたと思います。
 なぜなら、ぼくらは確信していたからです。
 あの女の子は、もうすぐ立ち上がって、涙を拭きながら自転車を起こし、サドルにお尻を乗せ、ハンドルをギュッと握り、まっすぐに前を向いて、そして、ふたたび力強くペダルを漕ぎはじめるということを。
(写真は全て筆者撮影)

この記事を書いた人
森沢 明夫(もりさわ・あきお)
1969年、千葉県生まれ。小説家。早稲田大学卒業。
吉永小百合主演で映画化された「虹の岬の喫茶店」をはじめ、有村架純主演の「夏美のホタル」、高倉健主演の「あなたへ」など、映画やドラマとして話題になったベストセラーが多い。また、エッセイ、絵本、作詞なども手掛けている。近刊には「おいしくて泣くとき」「森沢カフェ」「ぷくぷく」「水曜日の手紙」「雨上がりの川」などがある。