祝福のようなぼんやり森の入り口

ともだちが、「マイク・ニコルズの『卒業』って映画あるでしょ? ダスティン・ホフマンの。ハッピーエンドでもなく、バッドエンドでもなく、バスの中でふたりで前をむいてぼんやり終わるの」って話してて、「ぼんやりエンドだよね」とわたしは言った。

「好きなひとの結婚式に駆け込んでいって、このひとしかもういないと思って、てをひっぱって、ひとからうばって、式場から抜け出して、多くの反感と敵意を買いながら、でも人生のしあわせをかくしんして、てをひっぱりつづけて、走り続けて、そうしてバスに乗り込んですわったしゅんかん、とつぜん巨大なぼんやりがやってくる。じんせいのいちばん大事なときにぼんやりがくる。ぼんやりというしかなくて、とてもすてきだったことの多くをわすれて、ぼんやりして、そのぼんやりを手放せないまま、映画の終わりに向かってゆく。バスは走り続ける。それが有名なぼんやりエンドだよね」

有名かどうかわからなかったが、自分の中で大切なきがして、思わず有名と口走ってしまったが、ともだちもわたしもわりとそれはどうでもよく、ともだちはわたしが正気かたしかめるように「そういえば」とぼんやりがテーマになる映画をそれからいくつか話した。愛するイルカと別れたあとに森でぼんやりする夫婦の映画とか。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター