柏木 哲夫

【第1回】ホスピスとユーモア

 大阪の淀川キリスト教病院のホスピスがスタートしたのは1984年、今から36年前でした。私はホスピスで約2500名の患者さんを看取りました。時には1日に4〜5名の患者さんを看取ることもありました。重い仕事です。ホスピスケアをスタートさせて8年で約1000名の看取りです。その頃私は何とも言えない体と心の「重さ」を感じるようになりました。この「重さ」を何とかしなければ、ホスピスケアという仕事は続けられないと思いました。
 そんなある日、何の気なしに読んでいた新聞の川柳欄に思わずプッと笑える面白い川柳がありました。笑った後、少し「重さ」が軽くなったように思いました。ひょっとすると川柳がストレス解消に役立つかもしれないと思いました。新聞に投稿したところ、たまたま載りました。なぜ当選したのかわからない川柳です。
  駅員の白い手袋何のため
 というものです。それ以降10年間に57 句載りました。
 自分でもこれはうまいと思った句を紹介します。
  腹割って話してわかった腹黒さ
「ホスピスにおけるユーモア療法」というような報告が英米の医学雑誌に載っているのを見つけました。道化師が病室を訪問して笑いを提供するのがその例です。私は川柳をユーモア療法に利用できないかと思いました。たまたま直腸がんの患者さん(58歳、男性)が川柳に興味があることがわかりました。私が川柳を作っていることをナースから聞いたのかもしれません。ある日の回診の時、彼は
「俳句より、川柳がいいです。俳句は春夏秋冬、四季にうるさいでしょう。私のような末期患者は四季(死期)を考えなくてもいい川柳がいいです。」と言いました。なかなかのユーモアですね。このことがきっかけになって、回診の度ごとに川柳を交換することにしました。ある日の回診の時です。「先生の今日の川柳は?」との彼の質問に「何にでも効く温泉で風邪を引き」なる私の川柳を披露。「先生、なかなかいいですね」と彼のコメント。「あなたの川柳は?」と私。「今日のはちょっと…。」
とやや躊躇気味。「まあ、いいじゃないですか」との私のうながしに、「では思い切って」、と言って披露してくれた彼の川柳は「寝て見れば看護師さんは皆美人」。ナースが、すかさず「座るとだめなの?」。彼は困ったように「いえ、いえ、そんなことは」。
 ここで皆んなで大笑い。
 川柳が運んだ笑いはさわやかでした。




『柏木哲夫とホスピスのこころ』(春陽堂書店)柏木哲夫・著
緩和ケアは日本中に広がったが、科学的根拠を重要視する傾向に拍車がかかり、「こころ」といった科学的根拠を示せない事柄が軽んじられるようになってきた。もう一度、原点に立ち戻る必要性がある。
緩和ケアの日本での第一人者である著者による「NPO法人ホスピスのこころ研究所」主催の講演会での講演を1冊の本に。


この記事を書いた人
柏木 哲夫(かしわぎ・てつお)

1965年大阪大学医学部卒業。同大学精神神経科に勤務した後、米ワシントン大学に留学し、アメリカ精神医学の研修を積む。72年に帰国後、淀川キリスト教病院に精神神経科を開設。日本初のホスピスプログラムをスタート。93年大阪大学人間科学部教授に就任。退官後は、金城学院大学学長、淀川キリスト教病院理事長、ホスピス財団理事長等を歴任。著書に『人生の実力 2500人の死をみとってわかったこと』(幻冬舎)、『人はなぜ、人生の素晴らしさに気づかないのか?』(中経の文庫)、『恵みの軌跡 精神科医・ホスピス医としての歩みを振り返って』(いのちのことば社)など多数。