ほとんどを忘れちゃう でもここにいるしかない

レストランで苺のサラダが出てきて、へー、こういうのっていいよね、と思った。こういうのを食べたんだよ、と誰かに報告したくなるようなサラダだった。苺や春菊、くるみが入っていた。でも苺のサラダが出てから、次に来るはずの料理がぜんぜん来なくて、だんだんと、どうしてまわりのお客さんたちがぐったりしているのかがわかった。

「わかった」と私はいっしょにいたゆうじんに言った。「終わりの料理がこないんだ。だから、ヒッチコックの映画の後半のひとたちみたいに、みんなぐったりしている。帰るにも帰れない。でも料理もこない。ここはいるべきところじゃないけれど、でもここにいるしかない」

「そうね」とゆうじんが言った。「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、まあ、だいたい、そうね」

わたしはそれから店をみまわしてぐったりしているお客さんの中に有名な歌手のひとを見つけた。学生の頃わたしはそのひとの曲をよく口ずさんでいたが、そのひともぐったりしていた。

「コックさん、ひとりみたい」とトイレから戻ってきたゆうじんが言った。「ねえねえ、とても好きな歌があったよ、昔。愛にかんする歌でね、ほとんど愛と勇気しか出てこないような歌なんだけれど、どんなにまずい状況でもひとはひかりかがやいているっていう歌だったよ。あなたはほとんどを忘れちゃうけれど、かがやきだしている。ひかりのなかをすすむ、それは終わらない」

ゆうじんは口笛をふいたきがする。「それ、わたしも知ってた」という感じで。「ヒッチコックで口笛で終わる映画があったね」とわたしがいう。料理が出てくる。


『バームクーヘンでわたしは眠った もともとの川柳日記』(春陽堂書店)柳本々々(句と文)・安福 望(イラスト)
2018年5月から1年間、毎日更新した連載『今日のもともと予報 ことばの風吹く』の中から、104句を厳選。
ソフトカバーつきのコデックス装で、本が開きやすく見開きのイラストページも堪能できます!
この記事を書いた人
yagimotoyasufuku
柳本々々(やぎもと・もともと)
1982年、新潟県生まれ 川柳作家 第57回現代詩手帖賞受賞
安福 望(やすふく・のぞみ)
1981年、兵庫県生まれ イラストレーター